第79話
文字数 1,238文字
余人の目につかぬようエリーゼ女官長が、とある客室の前までイザベラを連れてきた。ノックをし、返事を待ってから入室をすると。
「お久しぶりです、姉上」
変わらない弟の笑顔が、そこにあった。
「ロブ!」
思わず駆け寄り、抱擁を交わす。もう何年も会っていなかったような錯覚すら覚えた。だが目の前にいる弟は幻ではない。逢いたいと願い続けた、紛れもなく本物のロベルトだ。抱擁をして気付いたが、筋肉がついたなとイザベラは感じた。胸筋だけでなく二の腕も足も、以前とは比べ物にならないほど引き締まり、固くなっていた。
「剣を握りすぎて、マメができましたよ」
姉の反応に気付いたロベルトは、笑いながら掌を広げて見せた。ここ最近の鍛錬の賜物だろう。潰れては治りかけを繰り返しているせいかボコボコとしていて、血の跡も痛々しい。しかし弟の表情はとても晴れやかで、むしろ誇らしげだった。
「いい加減に座りませんか、姉上。時間もあまり無いことですし」
「そ、そうね」
(何、この違和感は?)
イザベラは弟が急に大人びたような印象を受けた。以前の弟はもっとオドオドしていて、覇気がなかったのに、今では男らしく姉をリードしている。何があってこうも変わるのか。いや、変わったのは私もだと思い、姉弟は用意された椅子に腰掛け向かい合う。
「姉上。僕はクレメンス陛下と剣を交えました」
「えっ?」
思わず立ち上がりかける。そんな姉を目顔で制し、腰掛けさせる。
「私も剣を交えたけれど、貴方の腕じゃ」
「歯が立ちませんでしたよ。それはもう、完膚なきまでに」
にっこりと笑んだ顔は清々しいくらいで、ロベルトは指を組むと不意に真剣な表情になった。
「まるで稽古を付けるかのように、真剣に僕の剣を受けてくれました。今まで誰も僕と本気で向かい合ってくれなかったのに、陛下だけは違った。実力の差は歴然としていたのに、僕の底力を試すかのようでした」
淡々と告げてはいるが、その顔は穏やかで笑みすら浮かべている。
「器が大きい方ですね、陛下は」
そうかもしれない、とイザベラは内心で呟いた。普通ならロベルトは真っ先に殺されるところだろう。それをしなかったのは、決して愚帝だからではない。ロベルトに何かの可能性を見出したからだろう。
「最初は僕を生かすのは、姉上を手に入れるための道具だからだと思いました。ですが療養中に、何度も僕のところに足を運び、姉上のことを聞かれましたよ。姉上の心を何とか開こうと、関心を引こうと何か手掛かりを掴めないかと、必死の御様子でした」
弟の口から、そんな言葉が出るとは思っていないなかったイザベラは、今までのクレメンスの態度を思い起こし僅かに頬を染めた。
『心を開くまで、わたしは毎夜話をしに来るのみ』
いつだってそうだ。己の想いよりもまずイザベラの心が安定することを心がけていて、そのことがいつしか彼女の心を穏やかにしていった。その裏で、そんな子供じみた努力をしていたとは意外で、イザベラは無意識に口元が緩むことを抑えられない。
「お久しぶりです、姉上」
変わらない弟の笑顔が、そこにあった。
「ロブ!」
思わず駆け寄り、抱擁を交わす。もう何年も会っていなかったような錯覚すら覚えた。だが目の前にいる弟は幻ではない。逢いたいと願い続けた、紛れもなく本物のロベルトだ。抱擁をして気付いたが、筋肉がついたなとイザベラは感じた。胸筋だけでなく二の腕も足も、以前とは比べ物にならないほど引き締まり、固くなっていた。
「剣を握りすぎて、マメができましたよ」
姉の反応に気付いたロベルトは、笑いながら掌を広げて見せた。ここ最近の鍛錬の賜物だろう。潰れては治りかけを繰り返しているせいかボコボコとしていて、血の跡も痛々しい。しかし弟の表情はとても晴れやかで、むしろ誇らしげだった。
「いい加減に座りませんか、姉上。時間もあまり無いことですし」
「そ、そうね」
(何、この違和感は?)
イザベラは弟が急に大人びたような印象を受けた。以前の弟はもっとオドオドしていて、覇気がなかったのに、今では男らしく姉をリードしている。何があってこうも変わるのか。いや、変わったのは私もだと思い、姉弟は用意された椅子に腰掛け向かい合う。
「姉上。僕はクレメンス陛下と剣を交えました」
「えっ?」
思わず立ち上がりかける。そんな姉を目顔で制し、腰掛けさせる。
「私も剣を交えたけれど、貴方の腕じゃ」
「歯が立ちませんでしたよ。それはもう、完膚なきまでに」
にっこりと笑んだ顔は清々しいくらいで、ロベルトは指を組むと不意に真剣な表情になった。
「まるで稽古を付けるかのように、真剣に僕の剣を受けてくれました。今まで誰も僕と本気で向かい合ってくれなかったのに、陛下だけは違った。実力の差は歴然としていたのに、僕の底力を試すかのようでした」
淡々と告げてはいるが、その顔は穏やかで笑みすら浮かべている。
「器が大きい方ですね、陛下は」
そうかもしれない、とイザベラは内心で呟いた。普通ならロベルトは真っ先に殺されるところだろう。それをしなかったのは、決して愚帝だからではない。ロベルトに何かの可能性を見出したからだろう。
「最初は僕を生かすのは、姉上を手に入れるための道具だからだと思いました。ですが療養中に、何度も僕のところに足を運び、姉上のことを聞かれましたよ。姉上の心を何とか開こうと、関心を引こうと何か手掛かりを掴めないかと、必死の御様子でした」
弟の口から、そんな言葉が出るとは思っていないなかったイザベラは、今までのクレメンスの態度を思い起こし僅かに頬を染めた。
『心を開くまで、わたしは毎夜話をしに来るのみ』
いつだってそうだ。己の想いよりもまずイザベラの心が安定することを心がけていて、そのことがいつしか彼女の心を穏やかにしていった。その裏で、そんな子供じみた努力をしていたとは意外で、イザベラは無意識に口元が緩むことを抑えられない。