第22話

文字数 1,440文字

 この大陸のみならず物質界に住む人間は、老若男女問わず全世界共通語という言語を、母国語と共に話せる。そのおかげで旅商人などは、異国でも商売に支障がない。

 通貨も全世界共通の単位であるオーラムを用いているため、他の大陸や島々へ行商に行っても問題がない。

(発音がものすごくきれいだ。よほど高等な教育を受けた者なのだろう。身のこなしにも、気品が感じられる)

 帝国の二人はそう思いながらも、男が持っていた細鞭(ウイップ)で両手を後ろ手に縛りあげる。前後を挟まれてしまい、武器も取り上げられてしまっては、フィオリーノも、どうすることもできない。

(殿下の御身に、何もなければ良いのですが)

 自分がこの二人と対峙すると同時に、ロベルトにも男たちが向かったのが見て取れた。自分ができるだけ囮になるはずだったが、訓練された軍人のように連携を取られてしまった。何もできずに、女性たちがいる部屋へ歩を進める。

(殿下、どうかご無事で)

 得体のしれないこの商人に化けた連中に、正体が露見することだけは是が非とも避けたい。人質に取られ身代金を要求されても、あの大公が支払うはずがない。むしろ公女の方が当初の目的を忘れ、こちらに猪突しかねない。フィオリーノはただ、ロベルトの無事を祈るしかできなかった。




 女性たちを護るため入り口付近でバスタードソードを構えていた、ロベルト。フィオリーノが囮になると言って先手を務めてくれたが、あっという間に三人の男にロベルトも囲まれてしまった。

 一人はロベルトを無視して女性たちの方へ駆け寄ると、衰弱している者に対して治癒呪文を施していく。警戒して身を縮めた女性たちは、全身が暖かい光に包まれ傷が治っていくことを実感した。

 高司祭であるベネディクトでも、心に負った傷までは治せない。このまま彼女たちが俗世を離れて信仰の世界へ行くか、俗世にいるまま生涯独身を貫くかは任せるしかない。

 戦女神アシオーに仕えるベネディクトは、女性に対して一生消えない傷をつけた山賊どもに、激しい怒りを覚えた。既に葬ったとはいえ、冥府での祝福など祈ってやるものかと、司祭らしからぬ思いに捉われる。

「あ、ありがとうございます」
戦女神(アシオー)の御加護がありますように」

 自分が戦女神に仕える聖職者であることを、はっきりと告げる。信仰する神は人によって違うので、たまに祝福の声を嫌がる者もいる。しかし、ここはプラテリーア公国だ。この国も武を(たっと)ぶので、国家守護神はアシオー女神だと聞いている。

 自国の公子に助けられ、見知らぬ戦女神の聖職者に治癒され、女性たちは無意識に緊張を解いた。

 あふれ出る涙を拭おうともせず、嗚咽を漏らす女性たち。すぐさまミーナが飛んできて、一瞬だけベネディクトに鋭い視線を投げた。が、治癒魔法を施してくれた聖職者に文句も言えず、彼女たちが泣き止むまで傍にいることしかできない。

「ありがとうございます。わたしたちの中には、治癒魔法を使える者がおりませんでしたので、助かりました」

 ミーナが礼儀正しく頭を下げる。その様子に、彼女が本当に山賊の一味なのか? という疑念が浮かぶ。世界共通語の発音も美しいし、どこか気品も感じられる。この三人は一体何者だという疑問が、ベネディクトの脳裏から離れない。

 背後にいるクレメンスは、まだどこかあどけなさの残る少年と対峙している。自分が感じた違和感を伝えようにも、入り込めない空気が漂っていた。
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