第31話

文字数 1,152文字

「奴らと対峙したら、私が合図を送るまでは防御に徹しろ。各自、これを持つように」

 兵士一人一人に呪文封じの護符(ふだ)が配られる。イザベラが指揮する軍勢は、総勢五百人。対するダークエルフ族は百人といった情報が入っている。数の上ではこちらが圧倒的に有利だが、ダークエルフ族は火属性のほかにも風属性の魔法も使う上に、弓の名手だ。遠・中距離での戦いを得意としている。対してこちらは魔法文化が著しく低く、近接戦を得意としている。これだけの兵力差があっても、五分五分の状態、下手をすれば負けることも充分にあり得るのだ。

「出陣!」

 イザベラの号令がかかる。雪崩を打ったようにプラテリーア公国の人間が跳ね橋を渡っていく。全員が渡りきったところで、予定通り跳ね橋があがる。イザベラも含め、誰も馬に乗っていない。馬に乗れば誰が将かひと目で判ってしまう。それに城下町の外れまでは、大した距離ではない。武装しているとはいえ、鍛えている軍人にとってこれくらいの行軍など大した問題ではない。

 民たちは戸締りをしっかりとしたうえで、出陣していくイザベラたちを窓から見送っていた。

――また公女殿下がご出陣なさる、おいたわしや。

 心ある者は、軍人として生きるイザベラに対して、そっと涙を流した。国民の誰もが、イザベラが剣を取り戦いに身を投じる姿を痛ましいと感じている。大公は娘に家督をと考えているが、国民は良き縁があるならば、女性としての幸せをつかんでほしいと願っている。

 民はロベルトが虐待にあい、殺されかけているという事実を知らない。まだ十六歳という年齢の公子が、早く一人前になることを心から望んでいる。民の視線を一身に受けながら、イザベラは進軍していく。

 城下町のはずれに到着した途端、待っていたとばかりに飛んでくる、矢と火球(ファイアーボール)、かまいたちの攻撃。刻まれて血飛沫をあげる者、身体を焼かれたり、射抜かれて倒れる仲間たちの屍を踏み越えて、数にものを言わせて前へ出る。まずは陣形だ。広い地形を利用し、鳥が羽を広げたような陣形を展開させた。

「総軍、防御!」

 イザベラの下知が、青く澄み切った空に響き渡った。防御しても防げるのは弓矢の攻撃くらいで、魔法攻撃には容赦なく数を減らされていく。それでもイザベラは防御をしながら前進の命令を下し続ける。あちこちで悲鳴が上がるが、それでも彼女は耐え、何かを待っている。じっと、何かを待っている。

 ここディルドリン大陸ではフルーメントムという穀物をパンに加工して、主食にしている。今の時期はちょうど収穫時期にあたり、そのころに西風から東風に変わる時が収穫に最適だとされている。ここ二、三日ほど風が西風から東風に変わり始めていると、オスティ将軍から聞いていたイザベラは、いま西風が東風に変わる瞬間を待っている。
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