第40話

文字数 1,064文字

 イザベラの周囲を守る親衛隊の数は、恐ろしいくらいに激減していた。後ろをついてくる自軍の戦士たちも、容赦なく攻め立てる帝国軍によって数を減らしている。彼女は唇を噛みしめながら、馬に鞭を入れる。

「あっ」

 誰かが叫んだ。イザベラも眼前に広がる光景に愕然となる。

「何だこれは?」

 町も城も燃えていた。音を立て天に向かって吹き上げる、紅蓮の炎。様々なモノが焼け焦げる臭いが辺りに立ち込め、屈強な男たちですら吐き気をもよおしそうになる。

「こ、こんな」

 イザベラは馬首をめぐらせると、城下町の中を突っ切っていく。部下たちも一斉に駆け出し、生存者はいないか声をかけていく。だが民の声は一切聞こえず、ただ炎が天を焦がす音だけが響いている。城の方へ目を向ければ、貴族たちの屋敷がすべて燃えていた。民たちとは違い、焼け焦げていたり欠損の身体となっていたりと無残だが、おそらく生き残っている者は皆無だと思われる。

「公女殿下、城が燃えております。お戻りを。大公閣下が心配です」
「そ、そうだな。戻らねば」

 もう自分の周囲を守ってくれる人間は、わずか数人に減っていた。不気味なくらい、周囲に人の気配が感じられない。自国の民も、そして敵軍も誰もいない。そのことが却ってイザベラを不安に陥れていた。もう全ては手遅れなのではないか、そんなことすら脳裏に浮かぶ。一目散に宮殿に向かう。跳ね橋は下ろされていた。

 城を燃やす炎は沈静化しつつあったが、白い煙がもうもうと立ち込めている。あちらこちらに敵味方関係なく屍が転がっており、焦げた臭いが鼻をつく。イザベラたちは誰とも会わずに、宮殿の奥へと進む。謁見の間まで来たイザベラは、そこに広がる光景に恐怖と驚愕で立ちすくんだ。

「ち、父上!」

 オリンド大公の生首が、玉座に乗せられていた。そして胴体はその辺に放り出されてあり、切断面から生々しく鮮血が流れ出ている。

「大公殿下!」

 駆けつけてきた部下たちも、あまりの光景に二の句が告げられない。イザベラは、膝が震えるのを止められなかった。両手で口を覆い、変わり果てた父親の無残な姿を、凝視するしか出来なかった。

「父上、父上!」

 イザベラの絶叫が広い謁見の間に響き渡る。弾かれたように彼女は玉座へ駆けより、父親の首を手に取った。

「帝国の人間か?」

 できれば我が手で首を取りたかった。帝国兵め余計な真似を、と思わず舌打ちが漏れる。と、不意に背後で空気が動いた。瞬間、何か物が倒れる音がした。父親のことが頭にあったとはいえ、彼女に何の気配も感じさせずに背後を取るとは、只者ではない。
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