第42話

文字数 943文字

「陛下、ただいま戻りました」
「ご苦労だったなメリッサ。五十年にわたる“草”としての活動も、本日をもって任を解く。今後は我が国にて、宮廷魔術師の一人として過ごすが良い。ところでイザベラ公女は?」
「ご命令どおり、例の部屋へ。いまごろは女官長どのが監視をされていることでしょう。なにぶん耐性力も高いお方ですので、わたくしの呪文の効力も、あと一時間ほどで破られましょう」
「女官長には目覚めたら知らせるよう、伝えてある。そなたにとっても久しぶりの帝国だ、ゆるりと身体を休めるがいい」

 若い皇帝の労いに、女宮廷魔術師は頭を深く下げることで謝意を示し執務室を後にした。一緒に連れ帰ったロベルトたちはいま、治癒魔法を受けている。従者と侍女の方は問題はないが、ロベルト公子は長年毒を盛られていたせいもあって、内蔵の損傷が激しい。一度に高度な治癒魔法をかけると却って内臓に致命傷を与えかねないので、ゆっくりと解毒し体内の組織を健康にしなければならないというのが、司祭ベネディクトの見解だった。

 ロベルトはこの帝都にある帝室専用の大聖堂で、余人を交えずにベネディクトによる治癒を受けている。フィオリーノもミーナも、身の安全を考えて一緒に大聖堂の奥に身を潜めている。

 執務室の扉にノックがされ、従卒がハインリヒ補佐官が面会を求めていると伝えた。断る理由はないが、用件の見当はついている。やや面倒だと思いつつも、ハインリヒが十八番にしているポーカーフェイスを貼り付けると許可を出した。相変わらず陰気くさい空気をまとったハインリヒが、執務室に入ってきた。クレメンスの留守中は仕事を完璧にこなし、先帝ゲオルグの国葬とクレメンス新皇帝戴冠式の準備を終えていた。

 そのことには満足しているが、これからハインリヒが言うであろうことが容易に想像できるので、うんざりする。

「何用だ」
「陛下もお人が悪い。用向きなど見当がついているでしょう」
「まぁな。だが(けい)の口から直接聞こうと思ってな」

 二人の間には妙な緊張感が漂っている。皇帝が親政を宣言して以来、ずっとこの調子だ。ハインリヒからすれば五年間の宰相という地位を剥奪され、ただの補佐官という職に降格された形。クレメンスからすれば、いずれは宮廷に出仕させること自体をやめさせたい。
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