第48話
文字数 1,375文字
互いに視線を外せないまま、沈黙の時間だけが流れている。周囲にいる臣たちのことなど一切眼中にないような主君の態度に、痺れを切らせたファーベルク元帥が小声で陛下、と呼びかける。その声に現実世界に引き戻された彼は、小さく咳払いをすると玉座を立ち右手を差し出した。
「ようこそ、我がヴァイスハイト帝国へ。イザベラ公女、貴女を我が国に招待したのには、きちんとした理由がある」
「招待だと?」
思わず声を発したイザベラは、眉をつり上げてクレメンスを睨みつけた。
「何が招待だ、笑わせないで頂きたいな。私は招待を受けた覚えはない。むしろ」
彼女は一旦言葉を切ると、上級将校たちの一角に佇む女の顔を見据えた。
「そこにいる裏切り者に、知らぬ間に連れてこられたのだが?」
皮肉を言い放つも、メリッサは涼しい顔で立っている。その態度がイザベラの怒りにさらに火をつける。そして居並ぶ猛者たちの中に、クヴァンツ大将の姿を認めたイザベラの顔が、僅かに引きつった。
(ああ、じいまで! そんな、そんな)
最愛の弟は行方知れずな上に、傅役までも失った。彼女は目眩 すら覚える絶望の中、それでも決して弱みは見せまいと歯を食いしばる。そんなイザベラの様子に頓着しないクレメンスが、言葉を紡いだ。
「勘違いされては困るな、公女。メリッサは裏切り者ではなく、最初から我が臣下だ。まぁよい、話を戻そう。単刀直入に言う。イザベラ公女、貴女を皇后に迎えたい」
何を言われたのか、イザベラは一瞬理解が出来なかった。あまりにも意外な台詞に頭の中が真っ白になり、二の句が告げられない。
『皇帝陛下が、貴女様をお望みです』
(メリッサとエリーゼに言われた台詞の意味は、こういうことだったのか)
しばし時間をかけて、最初のショックから立ち直ったイザベラは、両方の拳を固く、固く握り締めた。
「婚姻を申し込むのに、いちいち国を滅ぼすのがこの国のやり方なのか?」
声が震えていた。今すぐ飛びかかって首を絞めてやりたい衝動を必死で堪え、彼女はなるべく感情を殺して呻くように問うた。目の前の男は再び玉座に腰掛けると、相も変わらず薄笑いをその顔に貼り付けている。
「今回は緊急事態だったから、仕方なく」
なあメリッサと女魔術士を見遣る。つい数時間前までプラテリーア公国に仕えていた彼女は、微笑みとともに頷く。
「そなたの父君が、我が国に侵攻するという情報を得たのでな。危険な芽は早いうちに摘んでおくものだ」
「だから、あのように私の留守を狙って?」
「その通り」
クレメンスはすっと目を細め、もう一度イザベラに対して傲慢な台詞を投げつけた。
「イザベラ公女、我が后になれ」
どこまでも上から言い放つ。彼女の全身は怒りと屈辱で、震えが止まらない。そんな彼女を面白そうに眺めている、皇帝と上級将校たち。これ以上は無い辱めを受けて、イザベラの理性が切れかけたその刹那、クレメンスは更に残酷な台詞を投げつけた。
「言っておくが、そなたに拒絶する権限は無い」
冷水を浴びせられたかのようにイザベラの全身が凍りついた。
「この婚姻の申し出を拒絶するならば、旧プラテリーア公国の民たちがどうなるか、考えるが良い」
思わずイザベラが動こうとしたが、素早く衛兵たちが槍をクロスさせて行く手を阻む。更にイザベラの両腕をとり、後ろに捻り上げた。
「ようこそ、我がヴァイスハイト帝国へ。イザベラ公女、貴女を我が国に招待したのには、きちんとした理由がある」
「招待だと?」
思わず声を発したイザベラは、眉をつり上げてクレメンスを睨みつけた。
「何が招待だ、笑わせないで頂きたいな。私は招待を受けた覚えはない。むしろ」
彼女は一旦言葉を切ると、上級将校たちの一角に佇む女の顔を見据えた。
「そこにいる裏切り者に、知らぬ間に連れてこられたのだが?」
皮肉を言い放つも、メリッサは涼しい顔で立っている。その態度がイザベラの怒りにさらに火をつける。そして居並ぶ猛者たちの中に、クヴァンツ大将の姿を認めたイザベラの顔が、僅かに引きつった。
(ああ、じいまで! そんな、そんな)
最愛の弟は行方知れずな上に、傅役までも失った。彼女は
「勘違いされては困るな、公女。メリッサは裏切り者ではなく、最初から我が臣下だ。まぁよい、話を戻そう。単刀直入に言う。イザベラ公女、貴女を皇后に迎えたい」
何を言われたのか、イザベラは一瞬理解が出来なかった。あまりにも意外な台詞に頭の中が真っ白になり、二の句が告げられない。
『皇帝陛下が、貴女様をお望みです』
(メリッサとエリーゼに言われた台詞の意味は、こういうことだったのか)
しばし時間をかけて、最初のショックから立ち直ったイザベラは、両方の拳を固く、固く握り締めた。
「婚姻を申し込むのに、いちいち国を滅ぼすのがこの国のやり方なのか?」
声が震えていた。今すぐ飛びかかって首を絞めてやりたい衝動を必死で堪え、彼女はなるべく感情を殺して呻くように問うた。目の前の男は再び玉座に腰掛けると、相も変わらず薄笑いをその顔に貼り付けている。
「今回は緊急事態だったから、仕方なく」
なあメリッサと女魔術士を見遣る。つい数時間前までプラテリーア公国に仕えていた彼女は、微笑みとともに頷く。
「そなたの父君が、我が国に侵攻するという情報を得たのでな。危険な芽は早いうちに摘んでおくものだ」
「だから、あのように私の留守を狙って?」
「その通り」
クレメンスはすっと目を細め、もう一度イザベラに対して傲慢な台詞を投げつけた。
「イザベラ公女、我が后になれ」
どこまでも上から言い放つ。彼女の全身は怒りと屈辱で、震えが止まらない。そんな彼女を面白そうに眺めている、皇帝と上級将校たち。これ以上は無い辱めを受けて、イザベラの理性が切れかけたその刹那、クレメンスは更に残酷な台詞を投げつけた。
「言っておくが、そなたに拒絶する権限は無い」
冷水を浴びせられたかのようにイザベラの全身が凍りついた。
「この婚姻の申し出を拒絶するならば、旧プラテリーア公国の民たちがどうなるか、考えるが良い」
思わずイザベラが動こうとしたが、素早く衛兵たちが槍をクロスさせて行く手を阻む。更にイザベラの両腕をとり、後ろに捻り上げた。