第30話

文字数 1,255文字

 事態が大きく動いたのは、イザベラが軟禁されてから二日が経過した朝だった。

いつも通り質素な朝食を終えたイザベラは、身体が鈍らないよう剣の型稽古をしていた。そこへ慌ただしい足音が響き、武装したオスティ将軍が現われた。緊張感を孕みつつもどこか喜色も混じっている。そんな複雑な表情の将軍は、鉄格子越しに殿下、と呼びかけてきた。まさかロブの居所が発覚したのかと焦ったが、オスティ将軍は思いもかけないことを言った。

「殿下、ダークエルフが侵攻してきました。大公閣下の勅命で、殿下にダークエルフの討伐を、とのことです」
「ダークエルフだと?」
「さあ、ここから出て出陣の御準備を。このじいも、随行いたしますぞ」
「うむ」

 北にある、憩いの森のエルフ族としょっちゅう争っている、ダークエルフ族。魔族に魂を売ったために肌は黒く、エルフが忌み嫌う火属性の魔法を使う。人間とも敵対する、邪悪なエルフ族がいきな襲いかかってきたという。

 イザベラもオスティも知らないが、大公は帝国侵攻の準備のために自ら迎撃することはできない。ならばこの機にイザベラを都から離し、秘密裏に帝国へ進攻しようと考え、娘の軟禁を解くことを決めた。

「なんにせよ、ここから出られるのはありがたい。さっさとダークエルフを撃退し、返す刀であの男の首級でも挙げてやるか」
「殿下、本気で大公閣下に反旗を?」
「私は本気だ。だからこそ、じいだけにはロブを逃がす計画を打ち明けただろう? 馬車の手筈などを整えてくれて、感謝している」

 イザベラ一人だけでは、あの脱出行は無理だった。なんだかんだ言って姫様育ちの彼女に、目立たない幌付きの辻馬車の手配はできないし、見張りの兵士たちの交代時間など把握もしていない。ロベルトの武術指南役でもあるオスティは、姉弟に協力することで反大公の意思を見せた。だからこそあの夜、大公の招集にも応じなかった。応じていたら、頑強に帝国侵攻という愚行に猛反対し、イザベラもろとも軟禁され、今頃この世の者でなかったかもしれない。

「じい、感謝するぞ。ロブが戻ってきたら、三人でこの国をもう一度立て直そう」
「御意。その前にまずは、降りかかる火の粉を払わねばなりませぬな」
「よし行こうか。敵は何処まで近づいている?」
「奴らの住処である森から転移魔法を使って、いきなり城下町のはずれに現れました。守備隊が応戦していますが、なにぶん不意をつかれたので劣勢でございます」

 かなりまずいな、とイザベラは眉をひそめた。しかし躊躇している時間はない。彼女は階段を昇りきると控えていた直属の部下たちに矢継ぎ早に命令を下す。

「呪文封じの護符(ふだ)を全て用意しろ。跳ね橋は我が軍が出てから上げ、弓兵隊は城壁で万が一に備え待機を。白兵戦になるから、騎士団と傭兵団も準備をするように」

 イザベラの命令を受けて、各部署に伝令が走る。イザベラ自身もアンジェラが手ずから持ってきた軽鎧を身に着けていく。最後に愛用のバスタードソードと手槍(ショートスピア)を受け取ると、オスティと共に城を出て集まった兵士たちと合流する。
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