第93話
文字数 1,233文字
現在は封印のせいで上級魔族は地上に現れないが、内部から呼応するものがあれば話は別だ。最初はひび程度だが、やがて亀裂はどんどん大きくなり封印の効力を内側から弱めていくことは可能。現に幾人もの魔族崇拝者たちがこの方法を使い、下級魔族を地上に召喚することに成功している。
ゴブリンやオーク、リザードマンといった下級モンスターが出没し人間たちの脅威になっている。もっとも帝国内は強力な神聖魔法による結界で、これらの下級モンスターは国外にはじき出されている。
今では冒険者と呼ばれるアウトロー集団が、魔族を狩ることで生計を立てることができるほど大陸内に下級魔族はいた。しかし結界内に、元人間の――しかも帝国の人間から妖魔へと変貌したモノならば容易に弾き出されない。
ハインリヒは封印を、内側から破ろうと考えている。この帝国をはじめ、テレノ帝国、ヤポネシア(金烏皇国 )の封印を解き、世界を混乱に陥れ地上の支配者になる。
この思想は魔族の思考に染まっている証拠だ。もはやハインリヒの人としての意識は、一握り程度しか残っていない。魔族として彼がひとり立ちするまでに、融合するまでに三ヶ月はかかる。
どろどろと身体が絶えず溶け落ちながら、地面に着くまでに逆流し循環する。その不気味な流動体がハインリヒの血肉であり、魔族と化した身体であった。
強い腐敗臭を撒き散らし、融合が完全に終わるまで、ハインリヒは不気味な咆哮をあげ続けていた。
更に三ヶ月が経過した。クレメンスたちが婚儀を挙げて、早半年が経過している。
(大気が澱んでいるような?)
大神官はアシオー女神の神殿で祈りを捧げながら、ここ数日、風の匂いが違うことを感じ取っていた。神聖な神殿の中まで侵す空気の澱みは、不吉なものとして彼の心に留まった。
最初は気のせいかと思ったが、昨日辺りから妙な胸騒ぎを覚えるようになった。神職に就く者として見過ごせない感覚である。
(思い過ごしであるならば良いが一応、陛下にご報告した方が良いかもしれん)
大神殿は、静まり返り、荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「これ、誰か」
大神官の呼びかけに、すぐに若い神官がひとり進み出てきた。
「陛下に謁見を願いたいと、衛兵に伝えてくれ」
「ははっ」
使いの神官が出て行くと、女神の神像に異変が起きた。
「なんだこれは?」
あろうことか──神像の目から血の涙が流れていた。
「こ、これは奇怪な」
代々の大神官が残した記録を紐解いても、神像に異変が認められたことなどなかった。これは天変地異の前触れだろうか、と大神官は胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
「大神官様、これは」
他の神官たちも神像の異変に気付き声をあげる。
「静まれ、みだりに騒ぐでない」
だが一番騒ぎたいのは大神官本人なのだが、ここで騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「陛下の謁見が許可されました」
使いにやっていた神官が戻り、そう告げる。
「判った」
不吉なものを胸に抱え込みながら、大神官は神殿を後にした。
ゴブリンやオーク、リザードマンといった下級モンスターが出没し人間たちの脅威になっている。もっとも帝国内は強力な神聖魔法による結界で、これらの下級モンスターは国外にはじき出されている。
今では冒険者と呼ばれるアウトロー集団が、魔族を狩ることで生計を立てることができるほど大陸内に下級魔族はいた。しかし結界内に、元人間の――しかも帝国の人間から妖魔へと変貌したモノならば容易に弾き出されない。
ハインリヒは封印を、内側から破ろうと考えている。この帝国をはじめ、テレノ帝国、ヤポネシア(
この思想は魔族の思考に染まっている証拠だ。もはやハインリヒの人としての意識は、一握り程度しか残っていない。魔族として彼がひとり立ちするまでに、融合するまでに三ヶ月はかかる。
どろどろと身体が絶えず溶け落ちながら、地面に着くまでに逆流し循環する。その不気味な流動体がハインリヒの血肉であり、魔族と化した身体であった。
強い腐敗臭を撒き散らし、融合が完全に終わるまで、ハインリヒは不気味な咆哮をあげ続けていた。
更に三ヶ月が経過した。クレメンスたちが婚儀を挙げて、早半年が経過している。
(大気が澱んでいるような?)
大神官はアシオー女神の神殿で祈りを捧げながら、ここ数日、風の匂いが違うことを感じ取っていた。神聖な神殿の中まで侵す空気の澱みは、不吉なものとして彼の心に留まった。
最初は気のせいかと思ったが、昨日辺りから妙な胸騒ぎを覚えるようになった。神職に就く者として見過ごせない感覚である。
(思い過ごしであるならば良いが一応、陛下にご報告した方が良いかもしれん)
大神殿は、静まり返り、荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「これ、誰か」
大神官の呼びかけに、すぐに若い神官がひとり進み出てきた。
「陛下に謁見を願いたいと、衛兵に伝えてくれ」
「ははっ」
使いの神官が出て行くと、女神の神像に異変が起きた。
「なんだこれは?」
あろうことか──神像の目から血の涙が流れていた。
「こ、これは奇怪な」
代々の大神官が残した記録を紐解いても、神像に異変が認められたことなどなかった。これは天変地異の前触れだろうか、と大神官は胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
「大神官様、これは」
他の神官たちも神像の異変に気付き声をあげる。
「静まれ、みだりに騒ぐでない」
だが一番騒ぎたいのは大神官本人なのだが、ここで騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「陛下の謁見が許可されました」
使いにやっていた神官が戻り、そう告げる。
「判った」
不吉なものを胸に抱え込みながら、大神官は神殿を後にした。