第77話

文字数 1,302文字

 神の封印を守護する他の二帝室からは、直系の一族が招待されている。南のテレノ帝国からは皇太子と第一皇女が、極東の島国ヤポネシアから春宮(皇太子)と、今上帝の末の妹である内親王が列席している。

 警備は厳重を極めている。先日蟄居を命じられたハインリヒ一族および彼らと親交があった者たちは、大神殿に近付くことすら許されない。

 神前では、戴冠式が行われていた。

 皇帝の証である、女神アシオーの聖獣である梟を頂いた宝冠と、雷をまとう神槍ブリューナク、中央に敵を石化する魔鉱石を埋め込んだアイギスの盾を大神官から献上され、装備する。誇らしげに真っ白な聖騎士の鎧に身を包み、皇帝のみが纏うことを許される緋色の外套をひるがえし、外にいる国民たちの前に姿を現した。

 大地と大気を震わせる大歓声が響き、人々の熱狂が新皇帝にも伝わってくる。その大歓声に応えるようにして神槍ブリューナクを掲げると、国民の声は一層大きくなった。

「皇帝陛下万歳! クレメンス皇帝陛下に栄光あれ! 我が帝国に永劫の繁栄を!」

 国民の歓喜は国全体を覆う。宮殿の奥深くにいるロベルトは、戴冠式後に行われる叙爵式のために準備をしていた。最奥の部屋にいるというのに、国民の声が振動となって届いてくる。

 同じころ、イザベラもエリーゼと共に国民の大歓声を聞いていた。

 姉弟ともに、この国民の熱狂に圧倒されていた。臨席していないのに臨場感が伝わってくる。

 イザベラはこのハレの日にもかかわらず部屋の中央で、護衛の女官たちに囲まれている。窓辺には絶対に近づかないでくださいとエリーゼに忠告されているので、歓喜に打ち震える国民の姿を見ることもできない。

 部屋の外にはキルシュと、宮廷魔術師のメリッサが護衛として控えている。

「本日は他の封印を守護する二帝室の方々も列席されております。正式に立后された暁には、他の帝室の方々と交流もございましょう」

 エリーゼの言葉に、改めて自分は世界最高峰の帝室の一角に喧嘩を売ってしまったのだと自覚し、恥じ入った。

 クレメンスに心を開きかけていることを自覚しつつある彼女は、命さえ狙われていなければ戴冠式に是非とも出席したかった。夜に行われる祝宴への参列も見送られている彼女は、婚儀の場でしかクレメンスの皇帝としての正装を見ることができない。

 戦女神アシオ―の聖獣を戴く宝冠、女神の神槍と円盾はレプリカであるが、それでも神力の一部を譲渡されているので、正式な帝位継承者でなければ直に触れることすらできない。

「イザベラ様、今宵はとある部屋にご案内いたします」
「とある部屋?」
「陛下から、そう命じられております。今宵はゆるりとそこで時を過ごすように、との仰せでございます。案内は、わたくしが務めさせていただきます」

 話がよく見えないが、どうやら今宵はいつものようにクレメンスと語り合うことはできないのだろう。それも仕方がないとイザベラは思う。即位したばかりで、今まで以上に多忙になる身なのだから。

「判ったわ。よろしくねエリーゼ」

 それに対し微笑を返す、現段階では唯一信頼できる女官長。彼女は優秀な護衛でもあるので、彼女と一緒ならば安心だ。
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