第51話

文字数 786文字

「それよりも陛下。イザベラ公女の誤解を解かないと、後々厄介なことになります」
「ああ。今宵の宴の後で真実を話したい。ところで例のオスティ将軍は?」
「仰せの通り、ベネディクト司祭に託しました。今頃は公爵閣下と共に、療養していることでしょう」
「帝室専用の大聖堂の中には、ハインリヒは決して入れぬ。隠れ蓑にはうってつけだからな」

 貴族の屋敷を襲撃させた蒼旗騎士団には、決して無辜の民に対して無用の略奪や暴力をふるうことを禁じた。探索眼(サーチ・アイ)という監視用のクリーチャーを騎士団たちの周辺に飛ばし、違反していないか監視していた。厳命したにもかかわらず婦女子に対して乱暴を働こうとした者、金品を強奪しようとした者は、裁判無しで己の死刑執行書にサインをしたも同然だった。執行人が転移魔法陣で出現し、被害者の眼前で処刑したのだから。

 燃え盛る炎は貴族の屋敷と大公の宮殿のみで、実際に城下町は戦火に包まれていない。すべてはメリッサが作り上げた幻影だった。ゲオルグ先帝は、例え女子供でも容赦はしなかった。抵抗する者にはすべて死を。クレメンスは、父親を尊敬しつつも残忍なやり方に反発していた。だが父やハインリヒに言わせれば、生かしておけば反逆の種を自ら蒔くに等しいらしい。

(わたしは無駄な血を流したくない)

 クレメンスはそう常々思っている。今回の戦の最大の罪人はオリンド大公であり、彼を抹殺したことで戦は終結したのだ。

「もう一人の切り札は、どうなさいますか?」

 マクシミリアンは更に声をひそめると、もっとも気がかりな件を問うた。

「ロベルト公子、いや、プラテリーア公爵のことか?」
「はい」
「時期が来るまで、イザベラ公女には黙っていたほうが良いだろう」

 クレメンスの脳裏に、離宮での様子がよみがえる。交わした約束は、必ず守らねばならない。まだ真実を知らないイザベラの顔を思い浮かべながら、そっと息を吐いた。
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