第43話

文字数 1,248文字

「陛下、プラテリーア公国から公女と公子を迎えたと、聞きましたが」

 やはりその件かと、内心でため息を吐きつつも表面上は皮肉気な笑みを返す。

「戦勝国である我が国が、戦利品として敗戦国のものを持ち帰るのは当然だろう?」
「しかし古来より敗戦国の王朝に連なる者は、死刑と相場が決まっております。禍根をわざわざ国内に招き入れずとも、よろしいではありませぬか」
「控えよ補佐官。ロベルト公子に関しては、予が自ら剣を交えその将来性を買った男だ。かの者も命惜しさに、生涯変わらぬ忠誠を誓ったわけではない」

 反論を許さぬ鋭い語気に一瞬のまれ、ハインリヒは沈黙した。しかし姉のイザベラ公女に関しては、まだ面識がないと伝え聞いている。

「公女はどうなのですか。メリッサどのに一任したままで、陛下はまだ会っていないと聞きましたが」
「問題ない。もうすぐ目が覚めるだろうと、先ほどメリッサが申していた。ロベルト公子の話から察するに、我が后に相応しい女性のようだ。会うのが楽しみだが?」

 クレメンスの中では、傷が癒えたロベルトを皇后の弟に相応しい公爵家当主という地位を与え、帝国内での立場を保証しようと考えていた。皇帝の意に逆らえるはずもないので、皆はプラテリーア公爵家の誕生を受け入れるだろう。

「いくら何でも公爵というのは地位が高すぎませぬか。臣下として扱うならば、侯爵位が妥当かと」
「黙れ、皇后の弟に侯爵位を授けようとは思わぬ。もともと大公位にあった家柄の嫡子。一等位下げて、公爵が妥当ではないか」

 ぴしゃりと言われて、ハインリヒは悔しそうに口をつぐんだ。確かに君主という意味では、プラテリーア大公家はクレメンスと同等だったのだ。国が滅び跡取りが帝国に降った今、爵位を一等位下げて再興させるのは妥当なこと。二等位下げて侯爵とするならば、ハインリヒに対して蔑みの視線が向けられよう。

 ヴァイスハイト帝国の宮廷内では、ロベルトが『自主的に帝国の傘下に入った』と認識されている。父である大公から毒を盛られ命の危険を感じた公子は、自ら皇帝に庇護を求めて姉と共に投降した。クレメンスがそう公布してしまえば、誰が疑いの目を向けるだろうか。

 皇帝自らが公子と公女の救出に動き、見事に非道なオリンド大公を屠ったと光の速さで国内には流布されていた。旧プラテリーア公国内でも、辺境都市を発端に自分たちは帝国民になったのだという知らせが届き始めている。実際に大公の首を取ったのはロベルトでも、帝国が首級を挙げたと公布する方がロベルトたちの立場を帝国内で固めることに都合がよい。

 いい加減に鬱陶しくなったクレメンスは、蝿を追い払うかのように手を振ってハインリヒを下がらせた。無駄な時間をくったとばかり大きく息を吐くと、補佐官が作成した国葬と戴冠式の式次第に目を配る。

(こういう事務的なことだけに、才覚を発揮すれば良い。政治的なことに嘴を差し挟むようならば、今度こそ)

 皇帝と宰相だった男の見えない静かな戦いは、誰の目にも判らぬまま始まりを告げていた。 
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