第10話

文字数 1,093文字

 日当たりの悪い一角に、プラテリーア公国の嫡男、ロベルトの私室はあった。北側に位置するそこは、日光もろくに当たらない。何とも陰湿な空気が始終漂っている。公子のくすんだ金髪は、決して日光の加減のせいではない。本来ならば生気に満ちあふれるであろう翡翠色の瞳は、若者とは思えぬほど暗い陰りを帯びていた。

こんなところに公子を住まわせている大公オリンドの意向が判らないと嘆く臣下は、ほんのひと握りしかいない。みな己の保身に走り、こういう境遇に落とされた公子の気持ちなど、微塵も汲み取らない。ロベルトに仕える侍従や女官の数は公女イザベラの半分以下で、また彼らもロベルト付きになったことを苦痛に思う者が大半である。

(どうせ廃嫡の公子なんだから。次期大公じゃないんだから)

 彼らの無言の本心は態度に如実に表われ、十六歳という多感な時期を過ごしている、ロベルトの心を傷つけていく。六歳までは健康で、姉とともに(もり)役のオスティ将軍の指導を受けていたが、ある日、風邪をこじらせてしまってから身体が健康であったためしがない。食事をしても以前のように美味しく感じられない。それどころか、たまに舌がピリピリしたり、食べたものをすぐに戻してしまうことが増えた。

 そのようなときはいつも、父親と共に食事をしている時だ。父親であるオリンド大公は決まって息子の顔を覗き込み、心配というよりも期待に満ちた光を目に湛えて、様子を見るのが常だった。対照的に母親であるミルドレッド大公妃が、血相を変えて侍医を呼ぶのだった。ロベルトが食事の席で不調を訴えるときは、いつもイザベラが不在の時であった。ゆえにイザベラ公女は長い間、その事実に気づかなかった。医学が発達していない公国では医師の数が少なく、また、いたとしてもその技術は低い。ロベルトは毎日薬湯を飲み、次第に身体を鍛える気力すらも薄れていった。

 身体の衰えは心にも作用する。ロベルトは次第に、ごく限られた人間以外に心を開かなくなっていき、人前で笑わないようになってしまった。それが余計に他の貴族や侍従、侍女たちまで彼を蔑むようになる原因となってしまった。

 実父が息子を、毒で衰弱死させようとしている。その事実をイザベラ公女が知ったのは、つい一ケ月前のことである。ミルドレッド大公妃は後妻で、イザベラとの血の繋がりはない。しかし異母弟であるロベルトの誕生を誰よりも喜び、これで公国も無事に存続できると言ったのは、他ならぬイザベラだったのだ。

 共に剣術や馬術をオスティ将軍から学んだ。仲睦まじい姉弟の様子に、継室であるミルドレッドはいつしかイザベラを、実の娘のように慈しんでいった。
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