第96話

文字数 907文字

「イザベラ様、お加減はいかがでございますか」
「相変らず気だるいし吐き気もあるわ。エリーゼもこういう経験をしてきたのね」
「世の中の母親は皆、通ってきた道でございます。さ、少し横になられた方が楽になりますよ」

 その頃、つわりに苦しむイザベラは長椅子に横たわりながらエリーゼと談笑していた。現在妊娠三ヶ月目に入った彼女は、不意に襲われる吐き気と微熱、何とも言えぬ倦怠感に悩まされ、謁見の儀に出席するのも困難なほどだった。

 正式な発表がつい先ほど行われ、宮廷内や国民の熱狂は凄まじいばかりになっている。クレメンスを受け入れ愛されることの喜びを知り、さらに子を授かる幸せを享受したイザベラは、独身時代からは考えられないほど穏やかな笑みを浮かべていた。

「陛下はいまどちらに?」
「神殿の方へ行かれましたが、何やら外が騒がしいですね」

 切迫した怒号や動揺が皇宮内を包み、何事かと腰を浮かしかけたエリーゼの前に、報せを受け血相を変えた女官が飛び込んできた。

「ご無礼をお許しくださいませ、緊急事態でございます」
「何事ですか」

 イザベラに代わりエリーゼが問うと、女官は真っ青な顔で告げた。

「ハインリヒ元補佐官が……蟄居中の彼が、あろうことか魔族を召還し謀反を。スケルトンの軍団がこの皇宮を目指して進軍しております。現在は軍や神官たちと交戦中にございます。陛下にも伝令が飛んでおりますが、まだ到着されてはいないようです」
「謀反だと?」

 気分が悪かったイザベラだが、女官の報告にサッと顔色を変えると長椅子から降りた。その表情からはさっきまでの穏やかさは消え、代わりにプラテリーア公国の姫将軍、戦乙女と謳われていた頃の厳しい表情が張り付いていた。

「誰か急ぎ鎧と武器をもて、馬をひけ!」

 エリーゼが目を見開いた。

「イザベラ様! まさか外へ」
「私も将軍たちと合流し、指揮を執る」
「無茶なことはおやめくださいませ。イザベラ様は今が一番大事な時期。戦場へなど、言語道断にございます」
「なれど謀反は見過ごせぬ。ましてやハインリヒが相手ならば、狙いは私だろう」

 久しぶりに軍人モードに切り替わったイザベラは、腹部を圧迫しない軽鎧を身につけ棍棒を受け取る。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み