第54話

文字数 1,290文字

 色とりどりの料理と各国から集めた酒、そして吟遊詩人たちが次々と物語を披露していく。華やかなドレス姿の貴婦人と礼装に身を包んだ貴族や上級将校たちが、優雅にステップを踏みダンスを踊る。人々はみな笑顔で、若き皇帝の勝利を祝福し、美しい戦利品へ興味と詮索の視線が飛ぶ。

 やがて戦利品は同時に皇后候補として迎え入れられたと正式に発表され、イザベラに対する目も少し変わっていく。祝福の雰囲気は更に高まり、華やかな舞踏会は盛り上がりを見えていく。

 華やいだ雰囲気の中で幸福に酔う。殺伐とした軍事国家のヴァイスハイト帝国にとって、帝室や貴族の婚約・婚姻は何よりの娯楽であった。

 だがこのめでたい筈の席で仏頂面を隠そうともしないのが、補佐官ハインリヒと主役の一人、イザベラだった。イザベラはもともと望んでいない席であるから仕方ないが、ハインリヒは立場上、上辺だけでも嬉しそうにしていなければいけない。だが、己の手綱を振り切り独り立ちしていこうとするクレメンスに、反感を抱いていた。

(まだ若造のくせに、わしに隠居せよだと?)

 居並ぶ上級将校たちの前で――自分のことを煙たく思っている、戦うしか能のない軍人たちの前で恥をかかされた屈辱を、ハインリヒは決して忘れまいと思っていた。女官たちから酒の入ったグラスを受け取っても、貴婦人たちの華やかな笑顔を見ても、彼の心は一向に晴れなかった。むしろどんどん不愉快になっていく。

「おじい様」

 孫娘で十六歳になるベアトリスが、しゃらしゃらと絹のドレスの裾を鳴らして、小走りに寄ってきた。貴族令嬢らしく肌を極力隠し、未婚らしくレースをふんだんにあしらった、淡いブルーのドレス姿の彼女は、頬を薄紅色に染めている。

「おじい様。陛下のお隣に座っていらっしゃるのが、お后になるイザベラ様?」

 焦げ茶の髪を結い上げ、好奇心いっぱいの顔で彼女は上座を見る。

「ベティ、はしたないぞ。貴婦人がそんなに身を乗り出すものではない」
「あらおじい様。陛下がご執心の姫君を見るのが、いけなくて? わぁ、綺麗な方ね。お似合いだわ」

 目をきらきらと輝かせて、イザベラを見る孫娘にハインリヒは苛々とする。この孫娘をクレメンスの后にと目論んでいるのだが、肝心の彼女はどうやらマクシミリアン近騎士団副団長に執心らしい。クレメンスの傍らに控えているマクシミリアンを見つけると、目を輝かせてベアトリスは手近にあったグラスを掴み、歩き出す。

「待たぬかベティ、どこへ行く気だ」
「どこっておじい様、決まっているではありませんか。マクシミリアン様のところです」

 頬を僅かに染め、完全に恋する娘の表情になったベアトリスは祖父の制止を振り切り、マクシミリアンの許へ小走りで急ぐ。

「まったく、どいつもこいつも」

 小さく吐き捨てると、ハインリヒは憎しみのこもった目でイザベラを見据えた。と、こちらの視線に気付いたのか、彼女も睨み返してきた。

(あの小娘さえいなければ。我が野望の成就を妨げる女め!)

 ハインリヒは手にしたグラスの細い脚を、へし折らんばかりに力を込める。そのまま彼は、祝賀の輪から外れるようにして外に出た。
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