第66話

文字数 647文字

 執務室でやり取りが行われていた頃、宮殿の地下ではイザベラを暗殺しようとした咎で、女官が厳しい尋問を受けていた。だがどんなに厳しく責め立てられても、女官は頑として口を割らなかった。

(もし万が一、補佐官さまの名前を出したら家族が殺される)

 病気の母と幼い弟がいる。母の病を治す金が欲しくて宰相の誘いに乗った彼女は、危険だと判っていたが暗殺の片棒を担ぐことを決意した。もっとも母も弟も、彼女が暗殺に失敗した時点でこの世の者でなくなってしまったが。そのことを知らずに厳しすぎる責めに耐える女は、ついに吐くことなくこの世を去った。

「なかなかに強情でした」

 死体を処分するよう命じた後、獄吏はそうマクシミリアンに報告した。哀れな女の遺体は罪人として扱われ、家族の許に帰ることなくいずこかへと運ばれ、処理された。

 イザベラに付ける護衛兼剣術の相手役に、キルシュ少佐を任命した。若いながらも剣の腕は確かである。徹底した身元調査と、呪術が施されていないか調べ上げられた上での選抜なので、クレメンスも胸を撫で下ろしている。

「イザベラの様子はどうだ、エリーゼ」

 その夜。イザベラの寝室を訪ねる前に、クレメンスは昼間の様子を問う。

「この状況を楽しんでおられます。退屈しなくてすむと」
「退屈しない、か」

 思わず苦笑がもれた。さすがは姫将軍、戦乙女と称されたイザベラだ。強がりかもしれないが、胆が太い。

「今宵こそは、誤解を解かねばな」

 ひとりごち、歩き出すクレメンス。今夜こそ、昨夜話せなかった真実を明かすつもりだった。
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