恋はそれぞれに 2

文字数 1,404文字

 私は常葉君のことを何も知らない。
 親がいないらしいのは知ってるけど、じゃあどうやって生活してるのかとか、たまに話に出てくる仕事ってなんなのかとか、そういうことは知らないし、自分からきいたこともない。
 なんとなくだけど、そこは常葉君にとってとても重い何かがある気がするし、実際私たちの歳でもう親がいないっていうだけでも重い何かがあるんだろうってのはわかるし。

 いつかそういう話も出来るようになればいいと思うけど、こんな、せいぜい友人だと言えるくらいの間柄であれこれ聞くべきことじゃないんだろうって思ってる。

 知らなくたって恋は出来るし、私は私に見えている常葉君が好きだと思えてるし、無理に深く手を伸ばして傷つけたい訳じゃない。

 そう。
 たまに見える常葉君は、触っただけで壊れそうな、とても繊細な何かで、私は怖くて手を伸ばせない。
 今もそう。

 そうだよ、とも、よかったね、とも、なんの言葉も探せなくて、私は自分の手元に視線を落とす。
「弥生さんは、大丈夫だった?」
 突然の問いかけに、意味がわからず思わず隣を見たら、私の方は見ないままで常葉君が喋っていた。
「今日のお出かけ。急に誘っちゃったし、何も説明なしにこんな遠くまで連れてきちゃって……本当はすごく嫌だったり呆れてたりとかして……」
「ないよっ!?」
 え、ちょっと常葉君、どうしたのいきなり。
 私はまさかそんな所を心配されてるとか思わなくて、思わず大きな声が出てしまった。だってそんな、他の相手ならまだしも、私なんだよ?
「常葉君はもう知ってるでしょ? 私、嫌なことはちゃんと言うよ? 本当は、とか無いよ? そんなことする位なら、はっきり伝えるよ。ずっと隠せるほど器用じゃ無いし」
 例え相手が常葉君だったとしても、嫌だって思うことは嫌って言ってるじゃない。他の子の恋をとることとか。
 なのになんで急にそんな心配するかなぁ、と思ったけど、そういえば常葉君だって私のことは知らないことが多いんだって気づく。何か隠してるとかは無いけど、お互いをよく知ってる、なんて言うには私たちは会話できるようになって日が浅いし、常葉君はあれこれ詮索してくる人じゃなかった。

 だから、私が常葉君を知らないように、常葉君も私を知らない。

 そっか。
 そうだよね。
「すごい遠くに来たなーとは思ったしびっくりしたけど、私は今日すごい楽しかったよ。嫌なこととかそういうのは無かったし、桜見れてよかったって思ってるよ。私は、どんなに好きでも、嫌なことはヤダって言っちゃうし、隠さないから……そういう心配はしなくていいよ」
 今見えてる喋ってるのがほぼ全部だよ。
 もちろん、相手に好きになってもらいたくて、一生懸命相手に合わせようとして時に自分の気持ちを隠す子だっている筈で、きっと常葉君が心配しているのはそういうことなんだと思う。それが悪いって思ってるんじゃなくて、そうだったら申し訳ないなってことなんだろう。
 でも私は、確かに好きだし好きになってもらいたいと思うけど、それでも自分の気持ちを隠すってしない。
 隠して振る舞えるほど器用じゃ無いって知ってるのもあるし、今隠したっていつか言わなきゃいけないってわかってるし。
 だからそこは誤解されたくなくて頑張って説明してみたんだけど。
「じゃあ……今日、何回か、おかしい様子になってた理由、聞いてもいい?」
 続いた常葉君の言葉に、ぎくりと体が震えた。
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