恋は羞恥心との戦い 3

文字数 1,143文字

 堀の周りの歩道をぐるっと歩くと、入り口なんだろう橋があった。
 そこまで全部桜がいっぱいで、その桜の中に続くみたいに堀の向こうに短い橋がかかっている。橋の上から桜だけをスマホとかカメラで撮ってる人、誰かと記念撮影してる人、中に向かう人で橋の上はここまでの歩道以上に人がいっぱいだった。
 休日の都心の繁華街くらい、って感じで。
 普通に前に進むだけでも行き来する人にたくさんぶつかって、謝るタイミングすらない。
「あー、ちょっと弥生さん」
「はい、うん?」
 常葉君に話しかけられても、側にいるのに声を聞き取るのが難しい。
 でもどうにか返事をした私に、常葉君は顔を近づける。
「予想以上に人が多いんで、このままじゃ歩きづらい」

 繋いだ手をちょっと上げて常葉君が言った……ってうわあああ手、手繋いでるんだけど私!?
 ひええっ、気づかなかった!
 桜に気を取られてっ!

「ご、ごめん離すっ」
「いやそうじゃなくてね。今離したらむしろ迷子でしょ弥生さん」
 一瞬でパニックになって手を離そうとした私に、ぎゅっと強く手が握られる。
 私よりちょっと冷たい、大きい手。
 人の流れから離れて少しだけ端に寄った常葉君に引き寄せられるように私も動く。
「嫌じゃなければ、僕の腕掴んでくっついてて。そっちの方が歩きやすそう」
「でも……」

 腕? 腕を、組めと?

 そんないきなり。
 手を繋いでるだけでもびっくりしてるのに、私からその、常葉君の腕にくっつくの?

 え、そんなことして、私の心臓大丈夫かな……。
「嫌なら無理は言わないけど」
「や、嫌じゃないです!」
 迷ってると、気のせいか沈んだ声で常葉君が言うから、私は慌てて否定する。
 嫌とかそんなこと全然なくて、私が困ってるのはいきなり腕にくっつくとかハードルが高いことを要求されたからなんだけどっ。

 でも常葉君にそんなの伝わるわけなくて。
「じゃあどうぞ」
「はい……」
 手を離してすぐに常葉君がそう言うから、私は手を繋いでいた方の腕をそろっと掴む。街でそんな風に歩いてるカップルとかはよく見るけど、自分がこんなことする日が来るなんて思わなかった。

 実際にやってみると想像以上にこれ、体がくっつくんだ……。

 しかも手を繋いでるよりものすごく近いっていうか、その、体温が。くっついてるところ全部、気になって仕方ない。
 顔に熱が集まるのがわかる。多分、今の私の顔、すごい赤い。恥ずかしくて顔が上げられない。
 でも離せば迷子になるし、そしたら迷惑かけるから、くっついてないといけなくて。
 あぁもう、頭がぐらぐらする。
「一通り見て回るくらいの時間しかないんでもう行くけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫っ! 任せる!」
 っていうかむしろ早く歩いてくれていい。このままここにじっとしてたら、私が保たないよ。
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