恋の駆け引き 1

文字数 987文字

 びっくりすることがあって、動揺してるとはいえ。
 私は、常葉君に恋をしている。
 なので目の前に彼がいて、教室の中で二人きりというこの状況は、多少の気まずさがあったとしてもそっちの意味でドキドキして仕方ないもの、でもある。
 最後の一言の後に沈黙してる今も、沈黙の気まずさよりも好きな相手が目の前にいる恥ずかしさ混じりの気まずさの方が強い。
 こんなことで冷静になれないのはいかにも恋愛に振り回されてる思春期。でも仕方ない。だって今は目の前の彼に恋をしてる状態なんだから。普通でいられるほど私は達観してない。
 だから、次の彼の言葉に泣きたくなった。
「君……は、誰だっけ。同じクラスなのは覚えてるけど」
 そうですよね。
 私みたいな目立たない、しかも今日まで会話だってしたことないただのクラスメイトの名前、この5月という段階で彼が覚えてくれてると思う方が傲慢だよね。わかる私だってクラスメイト全員の名前まだ覚えてないんだから常葉君は全然悪くない。
 んだけど、泣きたい。
 このクラスで彼の名前を知らない生徒なんて一人もいないだろうけど、私の名前を覚えてない生徒は半分以上いるだろう。その中の一人が常葉君だったというだけだけど。
 でも泣きたい。
「弥生……だよ」
 なんとか名乗れば、常葉君はちょっと考えた後で、あぁと言った。
「出席番号最後の、恋の歌の人」
 っきゃああああああっ!!!!
 名前と顔は一致してなかったのにそういうことは覚えてるんだああああっ!!
 自分の名前があまり普通じゃないのはわかってるけど、改めて好きな人から言われると恥ずかしいっ!
「れ、恋歌です」
「あ、あれそう読むんだ」
「……はい」
「恋歌さん」
 ああああああああっ! 恥ずか死ぬ! いきなり名前呼びは反則だと思うっ!
 恋してなくても顔が赤くなってたと思うけど、恋してるのできっとゆでダコのようになっただろう。耳まで熱さを感じて、思わず俯く。とはいえずっと見られてるので手遅れ感は満載だ。
 これはもうごまかしようもない。常葉君だって気づくだろう。
 恥ずかしさに移動もできず固まった私に、彼はまた少し沈黙して。
「もしかして僕のこと好きなの」
 疑問系でなく言い切ってくれたので。
 今更逃げ場のない私は。
「…………はい」
 不本意にも、恋したその日に告白をすることになってしまった。
 これで、失恋という今回の恋の終わりが早まった。
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