恋の始まり 1

文字数 1,626文字

 私、こと弥生恋歌は、恋をしやすい。
 ここで断っておきたいのは「気が多い」とはちょっと違うし「惚れっぽい」ともちょっと違うということだ。
 私は自分で言った「好き」という言葉で恋をしてしまう。
 一応それは異性の人間に対してだけで、友人や家族や犬猫には該当しない。
 どうしてこうなったのか具体的にはわからないけど、気づいたらこうだった。もしかすると子どもの頃に読んだ少女漫画の影響かもしれない。「本気で好きになったら言葉に出して言えるもの」というような、そんな話に影響を受けたのかもしれない。
 とにかく私は自分で「好き」といった相手に恋をしてしまう。
 もちろん好きでない相手に言ったことはないし、その言葉を言う時に相手に対してほのかな好意は持っている。嘘はついてないのだ。
 ただ、この二文字を声に乗せてしまうと、その瞬間から恋が始まるのだ。うっすらした好意が恋心にはっきりと変化して、それまでなかった反応をしてしまう。顔が赤くなるとか動悸がするとか、緊張してしまうとか。恋愛状態になってしまう。
 それでも気が多いのと違うのは、恋になったらその相手以外見えないし、好きと言わなくなるから。
 同じ理由で惚れっぽいも少し違うと思う。恋をしてから他の男子に何をされても動じることがないから。
 ただ、私は自分の言葉に逆らえない。
 こんな私を知っているのは、こんな変な性質のせいで迷惑をかけた小学校の頃からの親友・智花だけ。智花は頭が良くて可愛い自慢の親友で、今は親の強い勧めで超難関のお嬢様女子校に通っている。別の学校だから、もちろんこの学校で手助けは得られない。
 だから智花にも「気をつけてよ」と言われてたのに。
「またやっちゃった……」
 放課後、私は一人で頭をかかえる。
 また、とは言ったけどこれで6人目。でも内5人は小学校の頃の話だったから、かなり久々の失敗だ。
 どこかから吹奏楽の練習の音や、運動部の掛け声がするけど、帰宅部の私は放課後何の用もない。今教室にいるのは単に明日の日直の日誌を回収するためだ。普通は日直の日の朝なのだろうに、このクラスは担任の意向で前日の放課後なのだ。
 もう一人の日直は部活に行った。
 これに関しては何も思わない。帰宅部の私の方が時間があるんだし、今の問題を一人でちょっと整理したかったからちょうどいい。家に帰ると親がいるから、一人部屋があるとはいえちょっと落ち着かないし。
「はー……恋しちゃった」
 しかも相手は、あの常葉くんだ。
 どうにかなる可能性なんて万が一もない完璧な同級生。
 恋をする相手としては一切全く申し分ないし、考えるほどにドキドキして止まらなくなるけど、実るかどうかという部分では可能性はゼロだと、恋をしてても冷静な自分が笑ってる。
 まさに不毛な恋。
 こんなものは早々に見切りをつけないといけない。
 その方法は、わかっているんだけど。
「…………嫌だなぁ」
 私の恋は、相手から振られることですぐ終わる。
 未練たらしく引きずったりしないのはいいことなんだけど、それはつまり「1度は相手から振られないといけない」ということで。
 好き好んで、好きな相手からお断りの台詞を聞きたい子なんていないと思う。
 私だってそうだ。
 理想としては「時間とともに消える」とか「ダメなとこを見て冷める」とかそういう相手と関わらない形で消えてくれる方がいい。だけど、智花との試行錯誤の結果それはないっぽいと過去に証明してしまったから。
 私は、恋をした早々に、彼から振られることを考えないといけない。
 救いは、ものすごくモテてるけど修羅場とか悪い噂を全く聞かない常葉くんなら、相手を綺麗に振る方法は知ってるだろうことか。
 きっとものすごく定型だけど優しく振ってくれる……と思う。
 ひどい思い出にはきっとならないだろう。
 でも。
「……嫌だなぁ」
 やっぱり振られるのは、なぁ。
 机に突っ伏して嘆いていた私に、廊下から声が聞こえてきたのはその時だった。
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