恋の抵抗 1

文字数 1,318文字

 一歩でも動いたら涙がこぼれそうで、私は彼を見下ろしたまま動けなかった。
 別に泣くことを悪いとは思わないけど、今ここで泣きたくなかった。常葉君に涙を見せたくなかった。
 しばらく私を見上げた後、彼はゆっくりと立ち上がる。
 少し考えた後、再度手を伸ばしてきたから、私はその手を睨みつけた。
「な、何回消されたって、ダメなんだから!」
 触れた手の冷たさより、触れた瞬間に心の中の熱が消えた感覚を思い出して体が震えた。でも譲れない。納得がいくくらいなら、こんなことになってない。
「ちゃんと振ってくれないなら、何度だって、私は好きになる!」
 断言すると、常葉君は初めて笑顔を決して、真顔になった。
 私だって振られるのは嫌だ。悲しいし苦しいし切ないし怖い。
 でも、この熱が勝手に奪われる方が、もっと嫌だ。それくらいなら私はちゃんと振られたい。例え消される方が楽なんだとしても、それを選ぶかどうかは私が決めていいはずだ。
 大きな声を出し続けて息が切れてきた私に、常葉君は言う。
「わかった。『今度は』そういうことはしないから、ちょっと確認だけさせてくれないか……じゃないと、ちょっと信じがたいんだ……」
 やっぱり何かしてた!
「何かしたって、ダメだからね!」
「わかった、わかったから」
 念押しをして、でももしまたされたら再度あの言葉を言うことも覚悟して、私は伸びてきた手をにらみつつ受け入れる。
 再度頬に冷たい感触。
 今度は……消えない。
 それがわかって一瞬ホッと息をついたと同時、常葉君の聞いたことのない声が聞こえた。
「嘘だろ。確かに吸ったのに……本当にまたある……こんな短時間に!?」
 驚いてる。
 やっぱりどういう理屈かはわからないけど、常葉君にはわかるらしい。
 また恋があるのが不思議?
 私からすればそれを勝手に奪える(吸える?)常葉君の方が不思議だけどね!
 でもこれでわかったはず。
「嘘じゃないって、思い込みじゃないって、わかった?」
「信じられないけど、そうらしい」
 手が離れる。
 今度は少しだけそれが惜しいと思うのは、好きな気持ちが残ってるからなんだろう。でもまたいつ消されるかわからないから、私は彼から距離をとる。
「にしたって、瞬間湯沸かし器じゃないんだから」
 どこか呆れたように言っている。
 確かに普通じゃないかもしれない。でも、恋に普通なんてそもそもあるの?
「私にとってはこういうものだもん」
「そんな風に誰でもぽんぽん好きになってるのか?」
「違っ! 好きって言う相手はちゃんと好きな相手だし! 誰にでも言わないし! 誰か好きになったら他の人には言わないもん!」
 ものすごく失礼なことを言われて思わず反論してしまう。
 そんな簡単に好きを使ってるように思われたくない!
 今度の好きは小学校以来なんだから。
「……なるほど、好きという言葉がトリガーか? 自己暗示みたいなものか」
「そ、そういう常葉君こそ! 告白した相手全員にああいうことしてるんでしょ、最低だよっ!!」
「あー、まぁ、それは否定できないけど」
 ニヤリと笑った常葉君は、さっきまでとはちょっと違う気がする。
 ずるいと思うのは、好きなせいでそんな違う表情にも私はドキドキしてしまうことだ。
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