恋は羞恥心との戦い 1

文字数 1,033文字

「……さん」

「弥生さん?」

「弥生さん、弥生さーん」
 肩を揺すられて、自分が寝てたことに気づく。
「もうすぐ着くから。この後乗り換えるけど、トイレとか行くなら今のうちだよ」
「……う、うん」
 言われるがままに席を立ってトイレに行って、帰ってくる頃にはすっかり我に返っていた。

 だって。
 えぇ〜……。
 私ってば本当にここまでずっと寝てたとかありえないんだけど!

 スマホ見たら本当に3時間くらい経ってて、何これすごい浦島太郎的な状態っていうか……寝てるとこを常葉君に見られたかと思うと、それだけでもう「うわあああ」って叫びたくなる気分。
 無意識に持って来ていた、ずっと体にかけてた常葉君のカーディガンも、すっかり私と同じ温度になってた。

 ああもう恥ずかしい。

 でも席に戻らないわけにはいかない。
 明らかに新幹線の速度落ちて来てるのわかるし、きっともうすぐ駅なんだから。
「おかえり。ごめん、僕もちょっと行ってくるから待ってて」
「うん、あ、これ」
 同じくトイレに向かおうとした常葉君に返そうとカーディガンを差し出したけど受け取ってもらえなかった。
「持ってて。多分、すぐ必要になるし」
「え?」
 その言葉の意味は、駅に着いた後にわかった。

 新幹線を降りた瞬間、体に当たる強く冷たい風にぶるっと全身が震える。
 ……寒い。
 かなり寒い。

 もう四月も終わりなのに、なにこの寒さ!
 思わず常葉君の方を見ると、私が持ったままだったカーディガンを指差した。
「とりあえずそれ着て。ちょっと大きいのは申し訳ないけど」
「なんでこんなに寒いの?」
「そりゃ、春とはいえ北国ですから」

 そういうものなの?

 こんなに遠くに、この時期きたことないから知らなかったけど、同じ日本なのに、こんなに温度違うものなんだ……びっくりする。
 多分、最初から行き先を聞いてても私は上着なんて用意してこなかったような気がする。だって同じ国で、そんな大きくない国で、数時間どこかに移動したらこんなに気温差あるなんて、いまいち実感無いもん。
 こんなに風が冷たいとか、想像するのは無理だったと思う。

 常葉君のだと思うとちょっと戸惑うけど、寒さには勝てない。
 私は大人しくカーディガンに腕を通す。
「ぶかぶか」
 当たり前なのだけど、袖はものすごく余るし、裾も長くて、大きい。
 お父さんのシャツを着たときみたいになってしまった。

 ちょっと情けない。

 着終わった後で、またなんとなく常葉君の方を見ると、なんだか違う方を向いて肩を震わせていた。
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