恋は途中下車しない 1

文字数 1,138文字

 新幹線が来て、切符に書いてある座席へと向かう。
「弥生さん、通路側でいい?」
「うん」
 座席は通路を挟んで左右にあったけど、私たちが座る場所は右の方。日曜日だからもっと人が多いような気がしてたけど、常葉君と向かった車両の中はあまり人もいなかった。
 途中から乗る人もいるんだろうけど、一番近い人でも、何列も先にポツンと座ってるだけ。
 静かに会話する分には声も届きそうにない程度には、他の人がいる席と距離が空いていた。
 窓の方に常葉君が座った後、私も隣に座る。固そうに見えたシートに深々と体が沈み込む感じに、思わずドキッとした。
「すごいね、ふかふか」
 昔座った新幹線の座席はもうちょっと固かったような気がしたけど、記憶違いかもしれないな。足元っていうか前の席との間も、記憶の中より広い感じがする。
「ちょっと長い時間乗るからね。これくらいじゃないと体痛くなるよ」
 駅で買って来た飲み物を袋から出しつつ常葉君が言う。持っていたバッグは足元だ。
「新幹線とか乗るの、久しぶり」
「あまり乗らないの?」
「うん。おじいちゃんちとかそんな遠くないし、学校行事で乗るくらいしか機会なかったよ」
「あぁなるほど」
 窓際にペットボトルを置きながら常葉君が頷いている。
 こうやって改めて見ると……すごい距離が近い、ような、気が。
 普通の座席なんだから知らない人と隣になるくらいの距離しかないってわかってるのに、わかってるんだけど、学校じゃ常葉君とこんな距離で座る事ないから、すごく近く感じる。
 知らない人なら絶対、気にならないのに。
 ちょっと身動きすると腕だって当たりそうで、そう思うと体が動かせなくなった。
 座席の間には手を置く場所もあるけど、そんなとこ置けるわけもないから膝の上。
 前の座席の背中には倒せばテーブルになる台座のようなものがついてるけど、そんなの動かしてみるような余裕もない。

 男の子と出かけるって、こんなに違うものなんだなぁって。
 ここにきてやっと私は実感し始めていた。家族や智花と出かけるのとは全然違う。

 でも、常葉君の方は普段通りに見える。ちらっとそっちを見た私に、常葉君がペットボトルを見て言った。
「飲む時は言ってね。渡すから」
「うん」
 改めて今の状況に気づくと、心臓がばくばくし始める。
 こんなに緊張してるのは私だけなんだろう。
 微妙な沈黙。
 何を言っていいか思いつかず黙っていると、車内放送が発車案内をし始める。
(本当に行くんだ……遠くへ)
 その案内の言葉を聞いているうちに、じわじわと実感が湧いてきた。これから地名もよく知らないような遠くに行くんだって、ここまできてやっと。
 でも帰りたいとか、不安とか、そういうのは無い。
 それはやっぱり一緒にいるのが常葉君だからなんだろう。
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