恋は見つかりにくい 1

文字数 1,364文字

 突然、まだご飯を食べてなかったから、と常葉君が私を連れてやってきたのは、桜が見える道沿いにあった広場だった。
 そこは屋台が並んでいてお祭りのような光景が広がっている。
 お昼過ぎだけど食べ物を買いに来てる人は多そうだった。
 さっきの話は途中になったままで、私の手を握ったまま常葉君が近くのたこ焼きを買うのを思わずぼうっと見てた私は、お金を払ってるところまできてはっとなった。
「私払うよっ!」
 屋台とはいえお祭り価格なのか、決して安くない金額だ。でも無理っていう額じゃない。
 そうでなくても今日の交通費とか払えてないからそう言ったけど、さっさとお金を払ってしまった常葉君は私にたこ焼きを渡して来る。
「今日はいいよ。次の機会によろしく」

 次。

 また出たその単語に、私の反論は消えていく。
 なんで常葉君はそんなすぐに次って言えるんだろう。私には言えない。
「というか、ここゆっくり食べる場所もないから歩きながら食べよう」
「足りる?」
 8個入りのたこ焼き1つ。それを分けるとしたら、私はともかく常葉君は足りないんじゃないかと思ったけど。
「こっから駅に戻る途中で改めてちゃんと食べようかと。ここはまぁ、つなぎってことで」
「そっか」
 確かにそろそろ無視できないくらいにはお腹が減ってたので、まだ歩くのなら少しお腹に入れられるのは助かる。きっと常葉君も似たような状態だからそう言ってるんだろう。
「先食べてていいよ。熱いのダメなら僕先食べるけど」
 言われて、一瞬迷ったけど、一個だけ口に入れた。
 熱いかもと思ったけど、作りたてってわけじゃなかったから食べられるくらいの温度で、どこの屋台でもありそうな普通のたこ焼きの味がする。特別美味しいってわけじゃないけど、こういう場所で食べたくなる感じの。
 それをもごもご食べつつ、私は残りを常葉君に差し出した。
 互いに一個ずつ食べながら、また道に戻る。
 そういう場所なのか、何かを食べつつ歩いている人は少なくなかったから、食べながら歩いてても私たちだけが目立つってこともない。行儀良くないのかもだけど、ここはゆっくりシートを広げて花見を楽しむ場所も殆どないみたいだから、そういうものなのかもしれなかった。
 道の途中、あちこちにゴミ箱があったのも、食べ終わったものを捨てられるようにってことなんだろうし。
 途中の分かれ道がいくつかあって、私たちが歩いているのは堀の内部の外側をぐるっと続いてる通路だったけど、分かれ道は全部、さらに中の方へと向かうものだった。
「中の方には天守閣だけ再現した城があって、そっちも結構桜があるんだけど、そこまで回ってると帰りが遅くなっちゃうんで今回はパスです」
 そっちの方の道を見る私に常葉君が言う。
「ここは夜桜の名所でもあるんだけど」
「綺麗なんだろうね」
「うん。ライトアップされるからね。ただまぁ夜桜ってなると日帰りも難しくなるんで、その時は泊まるしか」
 言いかけた常葉君が急に黙った。
 なんだろうと見上げたら、常葉君は空いてる方の手で自分の顔を覆っていたから表情は見えなかったけど、髪の下に見える首筋がちょっと赤いような気がする。
「常葉君?」
「うん? まぁ、機会があれば……」
 なにかごにょごにょと言っている姿は珍しく照れているように見えた。けど、実際はどうなのかわからない。
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