恋は道連れ 3

文字数 867文字

 前をずっと見ていた常葉君の視線が、また私に向く。
 なんというか、途方にくれたような顔をして、常葉君はため息をついた。
「弥生さんは……本当、逃げないんだね」
「なんで逃げるの」
 そんなことする意味ないのに。
 もし常葉君が度々私を突き放すような言動をするのが、私を逃がそうというつもりだったって言うなら、そんなの知らない。私に逃げるつもりはないんだし。
 なんで逃がしたいのか知らないけど、それは私の意思じゃ無い。もしそんなに嫌だっていうなら、他に方法はあるじゃない。
「困るなら、嫌なら、振ってくれればいいだけなのに」
 本当に、ただそれだけで私たちの関係は終わるのに。
 なんとなくそう言ったら、握られている方の手がぐいっと常葉君の方へ引っ張られた。それにつられて体の方も寄ってしまって、傾いたのに驚いて空いた方の手で手すりを掴むけど、体を起こすよりも先に耳を触られてびくっとなる。

 なんだかわかんない間に、視界が暗くなった。
 というか、常葉君の胸元に顔を埋めている状態で……。

 え?

 えっと、なにこれ?
「悪いけど、それはもう無理です」
 私の耳を触った手が、今は頭を撫でている。声は頭の上から。
 完全に抱き込まれた形で……なにこれ。
 色々追いつかない、ちょっと待って欲しいんだけど。これ、何が起こってるの?
「僕にとっては初めてだけど、弥生さんには僕を最後にしてもらうから」
「なにが? え?」
 常葉君の言葉すら、全然意味がわかんなくて、ただこの状況に動揺してしまう。とはいえ突き飛ばすとかそんな選択肢なくて、ただどうしていいかわかんなくて、心の中でわたわたしてるだけなんだけど。
 なんか今日はやたら常葉君にくっつくことが多くて、匂いまで覚えてしまいそう……って私変態っぽい!

 もう頭の中ぐっちゃぐちゃだ。
 そんな私の考えなんて気づくはずもない常葉君は、とても落ち着いた声で言った。
「諦めてね」
「なにを?」


「僕以外に恋をすること」
 
 その言葉は、私の中に深く浸みこんだ。
 毒みたいに、私の中を麻痺させていって、心臓すら止まるような錯覚をさせた。 
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