恋は途中下車しない 3

文字数 1,264文字

 かなり長い車内放送が流れる間、会話もないから視線のやり場に困ってずっと手元を見ていた。
 流石にこの状況でずっとスマホを触って時間を潰すなんてありえないし(それをすると酔いそうだし)、かといって他に何をしていればいいのか、しない方がいいのか、全然思いつかない。
 これがまだ家族とかだったらだらだらと会話したりしなかったりで過ごすっていうのもあったと思うけど。
 その間、隣からはすこしもぞもぞしてる様子があったけど、特に腕が当たったりとかは無かった。
 放送が終わって常葉君の方を見たら……服が変わってる。
「あれ?」
 変わってるっていうか、間に着てた一枚を脱いでる。薄手のカーディガン。
「暑かった?」
「あぁ、うん。ちょっと用意しすぎたかも」
 苦笑しながら脱いだカーディガンを膝の上で畳もうとした常葉君が、ふっと気づいたように私の方を見た。
「使う?」
 言われつつ目の前に差し出されたのはそのカーディガンで、突然のことに思考が追いつかない私は思わず受け取ってしまったけど、その言葉の意味がわからない。

 使うって、何に?

 ただ、生地から伝わってくる明らかな体温の残りに、指先が震えそうになった。
「常葉君、これ」
「朝早かったしさ。時間あるし。寝てていいよ。近くなったら起こすから」
 えーと。つまりそれは。
 上にかけるものあったほうが寝やすいっていうことかな。
 それはそうだけど。

 すぐ降りる電車はともかく、旅とかで長く乗る乗り物で寝るのは珍しくない、と思う。新幹線の椅子とかが後ろに倒れるのも、リラックスして寝やすいようにっていうのがあるんだろうし(じゃないと倒れる意味がない)。だから、常葉君の言葉は普通の気遣いだってわかる、けど。
 せっかく長い時間一緒にいるのに、会話したいって思わないのかなぁ。
 いや、会話に自信ないって言ったのは私なんだけど。でも。
 常葉君のは、最初から会話なしを前提とした発言のようにも思えて……なんとなくもやっとしてしまうのは、ワガママなんだろうか。
「眠くなければ寝なくていいし。会話ならいくらでも付き合うけど、無理して喋る必要もないでしょ」
「無理ってわけじゃ……」
 なんて言えば伝わるのか。
 それとも伝えないほうがいいのか。
 喋りたくないわけじゃない。ただ、下手な会話をして呆れられたりするのが怖いだけで。喋るとしても無理して喋ろうとするわけじゃない、のに。
 言葉に詰まる私に、常葉君は。
「別に今日で最後って訳じゃない。この先だって出かける機会は作れるんだから、まず弥生さんは慣れてください」
「慣れるって、何に?」
「僕と過ごす時間に。会話に悩むのはその後でいいでしょ」
 困った顔で笑った後、窓の外を向いてしまった。

 あぁそっか。さっきから私が緊張しっぱなしなの、常葉君に全部伝わってるんだ……。

 常葉君の言葉がすとん、と心に落ちてきて、私は小さく「頑張る」としか言えなかった。
 だって、全部常葉君なりの優しさだってわかったら、もやっとしたものは消えちゃったから。言われた通り、まずはこの時間に慣れようと思った。
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