恋と合わせ鏡 1

文字数 918文字

 何度も好きは体験してきたと思う。
 だから好きの気持ちはよく知ってる。
 でも「好きを持ってる時間」って、あまりなかったんだ。
 いつも好きになった後はすぐに告白して、ふられて、そこですぐ終わってたから。
 ふられないまま、好きなままでいいだけの時間なんて、今まで一度も経験したことないんだ。

 そう考えたら、今のこの状態ってどういうものなんだろう。元々常葉君とはそんなに関わりなかったから、友達、っていうのは違和感があるけど、でも他人じゃない。常葉君は私が常葉君のこと好きだって知ってる。常葉君の方は、わからないけど、でも他の子よりは親しくしてくれてるのはわかる。顔見知りやただのクラスメイト、よりはずっと近い。

 それは嬉しいけど、私はどうしていいか、まだしっくりきてない感じ。
 仮にこれが恋を取るためだけの態度なのだとしても……と思って、ハッとなる。今ここに呼び出されている理由。ここに私がいる理由。
 放課後にただ二人きりで会話する、ような仲じゃない。
「常葉君」
「ん?」
「恋、使うんだよね? 呼び出したの、それでしょ?」
「まぁそうだけど……」
 元々私から提案したことだ。他の子から取っていかない代わりに、私のを持っていくって。私はまた好きになればいいだけだし。常葉君はそれを守ってくれているから、こうやってまた呼び出されてるわけで。だからそれは構わないのだけど、常葉君の方はちょっと言い渋っている。
 どうしたんだろう。
「必要なんでしょ? いいよ?」
 ちょっと悲しいけど、でもまたすぐ好きって言える自信はある。この好きがなくなっても、また新しくできる好きの気持ちは本物だ。だから、常葉君にとって必要なら、持って行ってくれて構わない。
 なのに常葉君は迷っている。
 ように見える。
 本当にどうしたんだろ。
「常葉君?」
「弥生は、本当にいいのか?」
「うん」
「そっか」
 小さく返事をして常葉君が近づいてくる。
 その手が伸びてくるのを確認して、なんとなく目を閉じた。何か見えるわけじゃないけど、恋が取られる瞬間を見たくなくて。
 常葉君の手が、頬に触れた。
 心の中からすっと熱が消える。
 さっきまであったものが空っぽになる。最初から何もなかったかのように。
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