恋と合わせ鏡 2

文字数 1,021文字

 今は恋をしてない。
 それは言い切れる。
 きっと今、閉じた目の向こうにいる常葉君を見ても何も感じない。まだ触れられているのにも関わらず、その手の温かさを感じてもドキドキもしないのだから。でも、恋がなくなっただけで、さっきまでの常葉君とのやり取りまでなくなった訳じゃない。
 頬に触れている手が少し動いた。
「このまま……弥生が好きって言わなければ、全部なくなるんだな」
 予想より近くで聞こえる常葉君の声は、小さくかすれてて、どこか頼りない。
 そうだね。
 確かに、この後常葉君のことを好きって言わなければ、恋はもう始まらないよ。今何もないまま、黙ってお別れすれば、恋をしてなかった時に戻れるかもしれないよ。常葉君は、そういうお別れをたくさんしてきただろうね。私とも、私がもう何も言わなければそういう風になるよ。

 でも、常葉君。
 私はまだあなたに振られてない。
 それに、スマホの中に残ってるメッセージの履歴も。今まで常葉君が言ってくれた言葉も。全部消えないんだよ。

 だからね?
 前に言った時よりも、もっと自信を持って、言えるよ。
「好きだよ、常葉君」
 前回は殆ど勢いのままに戻した好きという気持ちを、今は手繰り寄せるように言葉に乗せた。

 びくり、と触れたままの常葉君の手が震えた。
 その手の熱が気になりだしたのは、私の中に恋がまた戻ったからだ。触れられているのが恥ずかしい。でももう少しこのままでいたい。でもやっぱり恥ずかしいので、まだ目は開けられない。

 嬉しかったんだよ。

 変なとこで優しいこと。
 意外に色々メッセージをくれること。
 けっこう気にかけてくれてること。
 私の言葉に、ちゃんと返事をくれること。

 ただ遠くから見ていただけの、憧れに近かった頃の好きよりも、今の方が、好きだと言えるいくつものきっかけがある。全部些細なことかもしれないけど、それは私の中に積み重なって、記憶になって残ってる。
 嫌なところも好きなところも増えて、取り戻したばかりの好きって気持ちは、前よりも大きくなった気がする。

 誰かを好きになるのに理由はいらない。
 でも、好きだなって思えるところはいくつあったっていい。

 この先もっともっと増えていけばいい。今みたいに恋がなくなっても、また常葉君に好きっていう言葉を言うことがしっくりくるくらい、いっぱい増えてしまえばいい。
 この恋を抱えていていい間は、何度だって好きって言えるように。

 当たり前に、好きってまた言えるように。
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