恋は切なく難しい 1

文字数 1,046文字

 最初のうちはくっついている腕の方が気になって仕方なかったけど、すぐに私の視線は桜に奪われていった。
 慣れたんじゃない。
 橋を渡った先に続く道でも、あんまりにも桜の方が凄くて、いつの間にか視線がずっと桜を追いかけていただけで。常葉君の腕に体を預けてるような状態だったから余計、桜によそ見がしやすかったのもある。
 まだ散る前、ほぼ満開ばかりの桜の木が続く広い道は人がいっぱいで。
 その誰もが同じように桜を見上げてた。
「すごいね」
 月並みだけど他に言葉も見つからなくて、そればっかり言ってる気がする。
 でも本当、すごい以外に言葉が出てこない。
 こんなすごい桜、初めてだもの。
 私はずっと桜を見上げてたけど、その私を連れて歩いてくれている常葉君は、桜を見ているかどうかはわからない。ただ、答えのようなそうでないような言葉が返って来た。
「先週、仕事でこっち来た時さ。まだここまで咲いてなかったけど、まぁほとんど咲いてて。それ見た時に、思ったんだよ。これ弥生さんに見せたらどういう顔するんだろって」
 だって凄いでしょ、と言われて、桜を見上げたまま私は頷く。
「金曜誘った時はここに来るって決めてなかったんだけど。どこ行こうかなって思った時、この桜思い出して、一緒に見たくなって。距離的に無茶かとは思ったんだけど」
「遠いもんね」
「うん。でも、やっぱり見たくて」
 来てよかった、っていう常葉君の言葉に私はまた頷く。
 どこまで行くんだろうってちょっとびっくりしたけど、桜を見た今、ここに来られてよかったって思うもん。それに。
「ありがとう常葉君」
 一緒に見たいって思ってくれて。
 こんな綺麗なものを、私と見たいと思ってもらえたことがとても嬉しい。うまくそれを伝えられる言葉が全然出てこないけど、常葉君が一緒に見る相手として私を選んでくれたのが、泣きそうなくらい嬉しかった。
 別にそれで自惚れたりなんてしないけど、そうやって考えてもらえる候補になっただけで。
 実際連れて来てもらえた今。
 この人を好きになってよかったなぁって思っている。

 でも。

「こちらこそ。次は、もっとゆっくり見れるといいんだけどね」
 何気なく常葉君が言った言葉に、無意識に私は腕を掴む手が震えていた。

 次。

 深い意味なんてないんだろう単語が、ひどく切なく聞こえたから。
 だって、桜が咲くのは年に一回……春だけで。
 次、なんて言葉をあっさり喜べるくらい、私はこの関係を楽観視してなかったことに気付かされた。

 私、次なんて無いって、思ってる……。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み