恋の大安売り 2

文字数 1,287文字

 なぜだろう。
 悲しくなってきた。
 常葉君の言葉が、あまりに冷たく、まっすぐ届くから。彼の中でそれが本当だって伝わるから。
 だからこそ私はそれをちゃんと否定しないといけない。
「恋は、大事なんだよ。持ってる人にとっては、もしかしたら命よりも大事なんだよ」
 これはきっと昔から変わらないこと。恋をした人はわかること。
 そうでないと、古い物語の中で恋で命をかけたり、命を落としたりする筈ない。わからない人にとっては馬鹿な行為かもしれないけど、この気持ちはそうするだけの価値が有るものだから、昔からそういう話があるんだと思う。
 私だけそう思ってるわけじゃない。
「最初からなければ、確かになくても生きていけるよ。でも、それがとっていい理由になっちゃだめだよ」
 すごく大事なものだから、消えたとわかった時に私は腹が立った。怒った。
 もう無いとわかってても、大事だったものだから、勝手に消されたことが許せなかった。
 たとえそれで誰かを助けられるんだとしても、せめてそれはちゃんと何をするか知ってて、私がいいっていう時にだけ許されると思う。
「じゃあどうすればいい? 取らなきゃ救えないんだとしたら、それでも取るなって言うのか?」
「それは……その」
 誰かを助けるのは大事なことだ。
 でも。
「それに、細かい事情を誰にでもなんでも話せるわけないだろ。それが個人的なことならなおさら。それでも、いちいち全部全員に教えた上で取れって言ってんのか?」
 どういう事情なのかなんて教えてもらってもない私がわかるわけない。
 常葉君も、ここまで話してても全然言う気がなさそうだから、このまま教えてもらえないのかも。
 つまり常葉君は、他の人に言えない、でも誰かを助けるための事情で恋を奪ってて、それをしないとその事情がどうにかできないらしい。
「綺麗事で救えるなら苦労はしない」
 重い重い言葉。
 何も知らない私はこれ以上でしゃばるなと言いたげな、声。でも言ってる彼の顔に感情はない。
「さっきそのままでいいって言ったのは、もしかして、今はもう奪う理由がないから……?」
「あの子からもらったし、お前からも1度貰ってるから、少なくとも今はこれ以上いらない」
「使ったら、また必要になる、の?」
「まぁね。そうでなきゃ、僕が面倒臭くてもずっと『みんなの憧れの常葉君』でいる理由、ないでしょ」
 …………あぁ。
 この人は、誰かに恋をされるために自分を作ってるんだ。
 それを悪いなんて思わない。
 自分を良く見せたい。誰かに好きになって欲しい。
 そんなことは誰だって思ってるし、はっきりした誰っていう相手がいなくたって毎日自分を良く見せようと頑張ってる人は男女問わずいっぱいいる。それだって努力だし、誰か不幸にするよりもずっと意味があると思う。
 でも常葉君は、それを、相手の恋を取るためにやってる、んだよね? 何かに必要だから。
「ひどい……」
「嫌なら好きにならなきゃいいんじゃない? もう1回奪うか?」
 思わず呟いた私に、常葉君は言う。
 本当。
 こんな人、好きになるべき相手じゃないよ。
 あなたがそんな顔してなければ、そう思えたのに。
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