Ep.44 卵狩り (Chasse aux oeuf de Pâques)

文字数 2,641文字

 一流の贋作師(がんさくし)に頼み、一週間ほどで『ザ・ファースト・エッグ(始まりの卵)』の偽物を作ってもらい、俺はリンゼイと共に屋敷に侵入した。
 侵入は驚くほど簡単におこなわれた。俺は場所がわかっていたし、まるで惹(ひ)きつけられるかのように『ザ・ファースト・エッグ』は俺の手の中に収まった。罠もなく、偽物を置いておいたので、簡単に気づかれることはない。
 作戦は成功した。
「あんな場所にあることを見ていただなんて、凄いっすよ、コカドリーユ(コカトリス) !」
 リンゼイは一緒に侵入していながら、暗闇の中に黒いオブジェだったからか、全く見つけられなかったそうだ。
 確かに。よく見つけられたな。
 俺は我ながら、自分の能力に感心した。

 後は、このエッグが本物かどうか、だ。この審美眼についても、俺には確信があった。
 まずは『ドーラ会』の事務所に行って、審査を申し込む。
 しばらくすると鑑定士が来る。
 これで結果がわかると、価値に応じたポイントがつき、次の月のランキングに反映される、というわけだ。
 鑑定士はメガネをかけ、じっと、黒い宝石のような卵を見つめた。
 何度か鑑定してもらったことはあるが、いつもよりかなり長い。
 鑑定士は、一人で何度もうなづいている。
 やがて顔を上げた鑑定士は、メガネを外し、笑顔で答えた。
「コカドリーユ。素晴らしい。本物の『ザ・ファースト・エッグ』です。間違いない」
「ということは、ランキングはどうなるんだ ?」
「コカドリーユは『ル・ゾォ(動物園)』所属ですね。ということは…、六月は、他の組織が大きなポイントを稼がない限りは、ランキング九位、になりそうです」
 九位 ! 俺の思惑通りだ。奪(と)りに行ってよかった。だが、ちょっと待てよ。
 俺は考えた。
「お宝の申請は、来月にしていいか ?」
「ええ。別に平気ですけど。何故ですか ?」
 鑑定士は不思議そうな顔をする。
「ボスの誕生日が六月二十九日だから、その日に合わせてランキングをプレゼントしたいのさ」
「なるほど。それは粋(いき)ですね。さすがはフランス人です」
「だろ ?」
「そういうことなら、七月のランキングは、いつもより少し早めの、六月二十九日の十三時におこなえるように、ランキング制作委員会に話しておきましょう」
「助かるよ !」
 『ドーラ会』が、こんなに融通のきく組織だとは思わなかったが、確かにランキングの発表は何日かズレることがある。その理由はこういうことだったのだ。
 俺は一つランキングの秘密を知ると共に、ウンバロールの誕生日が楽しみで仕方がなくなってきた。
 絶対に喜んでくれるだろうな。
 ウンバロールの顔が浮かぶたびに、ついニヤニヤとしてしまう。ニタルトから「何かあったの ?」と疑われるほど上機嫌に、俺はウンバロールの誕生日までの日々を過ごしていた。
 
 週末の仕事の打ち合わせが終わる。
「コカドリーユだけ、ちょっと残ってくれ」
 ノートPCを閉まって帰り支度をする俺をパジェスが呼び止める。
「俺 ?」
「ああ。秘密の仕事の話だ」
 隊長が作戦参謀に残される。珍しくもない光景だ。誰も気にしていない。
 誰もいなくなった会議室で、俺はパジェスが口を開くのを待った。パジェスは重苦しく口を開いた。
「単刀直入に話そう。お前、シャモーへの誕生日プレゼント、何にした ?」
「えっと…」
 たった十分間で済んだ豪邸への侵入。あれがバレたとは思えない。もしかしてパジェスは、俺に鎌をかけているのでは無いだろうか。
 俺は、何も知らないふりをして答えた。
「白いバラを五十五本贈ろうと思ってます。白いバラは深い尊敬という花言葉があって…」
 パジェスは手で制した。
「俺が何も知らないとでも思っているのか ?」
 パジェスは、まるでゴミクズでも見るかのように冷ややかな目で俺を見た。
「な…」
「お前、俺の言葉を無視して、例の屋敷に忍び込んだろう ?」
「あ…」
 いつもは言い訳をたくさん用意しているが、今回は見つかるとは思っていないので何も用意していない。それくらい完璧だった。だとすると、『ドーラ会ランキング製作委員会』か ? 
 俺は自分がパジェスの命令を無視したにもかかわらず、他の誰かのせいにしたくて必死で出どころを考えた。パジェスは呆れたような顔をしてため息をついた。
「誰かから聞いたわけではない。俺が独自に使っている情報班からの連絡だ」
「ということは、俺を追いかけていて…」
 パジェスは驚いた顔をして俺を見た。
「俺はお前を、そんなにも信用していないとでも思ったか ?」
 一歩近づいてくる。
「なぁ」
 まるで俺の瞳から、その奥にある脳の中身まで見られている気分になる。
「俺は、お前の気持ちがわかるから、危険かもしれないことが分かっていながら、何とか侵入することができないかどうか、あの屋敷についてずっと探っていたんだ。その中でお前の姿を捉えた」
「で、でも、絶対に誰にも見つかりませんでしたよ。自信もあります。監視装置も確認していますし、GPSだってついていませんでした」
「それでも俺には見つかった。セロ。お前の知らない方法は、お前の知らない力は、まだまだ世界にはたくさんあるんだ。俺が見つけたと同様に、相手もその力を持っているとしたらどうするんだ ?」
「どうして…、どうして俺に、そのことを教えてくれないんですか ?」
「お前は一つのことに熱中すると、他に目が入らないクセがある。それは良いでも悪いでもなく、お前のクセだ。直せるものではないし、直しても仕方がない。それを良いところとして使うのが俺の仕事だ」
「パジェスは俺のことを子供扱いしすぎだ ! もう俺は何でもできる ! もっと俺に色々なことを教えてくれよ ! もっと俺を信頼して、もっと重要な仕事をさせてくれよ ! 俺はもう、あんたと会った頃のヒヨコじゃない。ウンバロールやあんたを乗せて空高く飛ぶことができる神獣なんだ !」
 後ろめたいという気持ちは左心房の裏側に隠れ、俺の心臓は、ただ赤い憤(いきどお)りでいっぱいになった。
「おい」
 パジェスが俺の腕を押さえる。俺が払うと、パジェスの頬に俺の手が当たってしまった。
 あ…。
 俺は心が混乱しすぎていて、ただ自分の荷物を引っ掴んで、暴れるように、後ろも振り返らず会議室を出ていった。

 次の日、パジェスはいつも通りの冷静なパジェスであり、俺はいつも通りの忠実なセロであったが、心の中はパジェスの唇の端のように赤く腫れて痛んでいた。
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