Ep.43 ピヨピヨ (piou) 

文字数 2,038文字

 パジェスに従えば、今まで一度もミスは無かった。
 今回のことも、間違いはないのだろう。
 俺の気持ちと情報は全て伝えた。
 後はパジェスの決定に従うべきだ。

 俺は気持ちを切り替え、改めてウンバロールの誕生日プレゼントを考えることにした。だが、一度贅沢をした動物が元に戻れなくなるように、俺の頭の中も、『ザ・ファースト・エッグ(始まりの卵)』を超えるプレゼントを思いつくことができなかった。どうしても、他の全てのプレゼントが霞んで見えてしまう。

 五月も半ばを過ぎる。
 誕生日までの期限は、刻一刻と迫っている。
 俺はいてもたってもいられず、実際にイギリスまで向かい、豪邸の外を歩きながらこんなことを考えた。
 ああ。この壁一枚乗り越えるだけで、『ル・ゾォ(動物園)』はランキング一桁の壁を越えられるのになぁ。
 俺には壁が透けているかのように、『ザ・ファースト・エッグ』の存在が分かる。手にすることは容易(たやす)いのに。 
「いくら考えても仕方がないことは考えない方がいい。時間の無駄だ」
 それでも俺は、どうしても諦めきれないでいた。

 モスクワに戻っている時は、『ホワイト・ラビット』というレストランをよく使っている。ここはロシア料理でありながら、まるでフランス料理のように繊細で美しいフルコースがいただけるからだ。
 今日も俺は、プゥサン(ひよこ)のリンゼイと共に、創造性の高い料理の数々を楽しんでいた。
「兄貴。最近元気がないようですね。どうかしたんですか ?」
 程よく酔ったところで、リンゼイが尋(たず)ねてくる。こいつは人の機微(きび)を探る術(すべ)に長(た)けている。俺が困っていることがなんとなく分かるのだろう。
「ああ…。いや…」
「兄貴。俺にはなんでも話してくださいよ」
 リンゼイは、お気に入りの赤ワイン、シャトー・タマーニュ・クラスノストップを一口で空にし、すぐに手酌で、グラスなみなみにワインを注ぎ入れた。
 俺は話すかどうか迷ったが、仲間である以上、話しておいた方がいいと思った。ウォーカーやウンバロールから本心を吐露された時、心から響く愛情を感じた。その気持ちをリンゼイも持ってくれるだろう。
「…しょうがねぇなぁ。ただ、これはただの愚痴だぞ。俺たち二人だけの間の内密話として、明日には忘れてくれよ」
「分かってますよ。誰にも言いやしませんて」
 リンゼイはオーケーサインを出した。もともと誰かに相談したかったのだ。俺は安心して話を切り出した。
「簡単に言うとだな、俺には盗みたいものがある。だが、オルク(シャチ)からの許可が降りない」
「オーダー(依頼)ではなくてクエスト(探求)ですか ? 俺たちには珍しいですね。許可が降りないということは、盗むことが難しいお宝なのですか ?」
「オルクはそう言う。だが、俺はどうしてもそう思えん」
「うーん。でも、オルクが言うんなら、そうなのかもしれませんねぇ」
 自分でもパジェスが言うならと思っていたが、改めてそう言われると反論したくなる。
「でも、この前イギリスで一緒に忍び込んだ、あの豪邸だぞ ?」
 リンゼイは驚いた顔をした。
「えっ ? あそこですか ? あそこなら、どちらかといえばチョロい方の仕事でしたよ。あっ ! もしかして、取りづらい場所に隠してあるとか ?」
「いや。前回侵入した時も、手を伸ばせば届く位置にあった」
「んー」
 リンゼイは腕を組んで考えた。
「もしかしてオルクは、コカドリーユ(コカトリス)の腕をあまりにも信用してないんじゃないでしょうか ?」
「俺を信用してない ?」
 語調が荒くなった俺を宥めるように、リンゼイは早口になった。
「違いますよ。コカドリーユのことは信用しているでしょう。その腕前のことですよ」
「俺の腕前を信用してないはずがないだろう ? 子供の頃からずっと一緒にやってるんだぜ」
「だからこそ、ですよ。あなたの腕前が確かなものだということを認めない人はいないでしょう。けれども、オルクだけは、あなたと子供の頃から一緒なゆえに、今の実力ではなく、昔の実力でコカドリーユを見てしまっているのではないでしょうか ?」
「そういうことがあるのか ?」
「はい。人は最初の印象を拭(ぬぐ)いきれない。心理学的にも実証されています」
「なるほど…」
 確かに、俺は子供の頃にウンバロールやパジェスに会っているので、みんなが怖いとかカリスマとか言っていても、どこか父や兄として考えてしまう節がある。同じように、パジェスが俺のことを優秀な駒として見ずに、いつまでも弟のように考えてしまう節があってもおかしくない。
「あそこだったら、組織の力を借りるまでもありません。俺たち二人で十分です。次のイギリスの仕事の時に、さっと行って、さっととって来てしまいましょうよ。コカドリーユと俺の腕なら楽勝です」
 少しでも危険を感じたら、その時に初めて諦めればいい、か。
 俺は酔った頭で、もしいけそうだったら、とりあえず挑戦だけはしてみよう、と思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み