Ep.32 階段 (Escaliers)
文字数 1,149文字
三日後にウンバロールと会える。しかも一対一で。
俺はこの三日間、ずっと実生活に対して上の空だった。ずっとずっと、自分自身との会話をしていたのだ。
これから俺はどうするのか。
今まではただ、ウンバロールやパジェスについて行けばいいと思っていた。でも、今は少し迷っている。
ニタルトに安全を与えたい。
ウォーカーと約束していたパルクール勝負にもケリをつけたい。
つまり、大事なものが増えてきてしまっているのだ。
そして、ウンバロールは、安全を取っても構わないと言ってくれている。人を試す時にそのような言葉を言う小物もいるが、ウンバロールに限っては、そういう人物ではない。
しかし、ここで安全をとることは、今まで生きてきた自分の矜持(きょうじ)を、初めて踏み躙(にじ)ることになる。潰れたプライドのまま、地面を「コックェリコ」と言いながら、広い世界を見ることもなく、ただ家畜のようにニタルトを抱き、子供を作り、ウンバロールやパジェスに憧れを抱いたまま、後悔と共に一生を送る生活。
いや、それこそ我慢ができない。
こういう話は、考えても結論がでない。そして、結論が出なくても、その時は来る。決断の日。三日後の夕方。結局なにもはっきりとしないまま、時間は自分を、ウンバロールの元まで運んでいく。
まぁ、どうせ、俺はいつも行き当たりばったりだ。ただ与えられた環境の中で必死に努力し、必死に生きてきた。今回もそうだ。考えられるだけは考えた。あとは実際会ってみて、そこから出てきた感覚に身を委(ゆだ)ねよう。
迎えに来たベンツの後部座席にもたれかかりながら、俺は全てを覚悟していた。
「こちらでございます」
到着した場所は、トゥール・モンパルナス(モンパルナスタワー)だ。高さは二百二十八メートル。つい最近まで、建物の高さが三十七メートルまでと規制されていたパリ中心部では、飛び抜けて高い建物となっている。現在は工事中。だが、中に入ると、工事中には相応しくない格好のスーツを着た男が、あちらこちらに立っている。
俺は、案内人と共にエレベーターに乗った。
動き出す。
高層階に向かう時は、いつも耳が痛い。勢いよく上り、途中でスピードを感じなくなり、最後は雑に、ゆっくりと止まる。
着いた場所は五十九階。
最上階だ。
扉が開くと、目の前は全面ガラス張りで、パリの風景が広がっている。今は夕方だが、晴れている時には四十キロ先までが見渡せる。工事が始まる少し前に、一度だけ登ったことがある。
「私はここまで。この上にて、シャモー(フタコブラクダ)がお待ちです」
「そうか」
俺はエレベーターのせいか、少し平衡感覚を失っていた。だが、幹部らしく、堂々と、一歩一歩、硬い足裏の感触を確かめるようにして、冷たい階段を登っていった。
俺はこの三日間、ずっと実生活に対して上の空だった。ずっとずっと、自分自身との会話をしていたのだ。
これから俺はどうするのか。
今まではただ、ウンバロールやパジェスについて行けばいいと思っていた。でも、今は少し迷っている。
ニタルトに安全を与えたい。
ウォーカーと約束していたパルクール勝負にもケリをつけたい。
つまり、大事なものが増えてきてしまっているのだ。
そして、ウンバロールは、安全を取っても構わないと言ってくれている。人を試す時にそのような言葉を言う小物もいるが、ウンバロールに限っては、そういう人物ではない。
しかし、ここで安全をとることは、今まで生きてきた自分の矜持(きょうじ)を、初めて踏み躙(にじ)ることになる。潰れたプライドのまま、地面を「コックェリコ」と言いながら、広い世界を見ることもなく、ただ家畜のようにニタルトを抱き、子供を作り、ウンバロールやパジェスに憧れを抱いたまま、後悔と共に一生を送る生活。
いや、それこそ我慢ができない。
こういう話は、考えても結論がでない。そして、結論が出なくても、その時は来る。決断の日。三日後の夕方。結局なにもはっきりとしないまま、時間は自分を、ウンバロールの元まで運んでいく。
まぁ、どうせ、俺はいつも行き当たりばったりだ。ただ与えられた環境の中で必死に努力し、必死に生きてきた。今回もそうだ。考えられるだけは考えた。あとは実際会ってみて、そこから出てきた感覚に身を委(ゆだ)ねよう。
迎えに来たベンツの後部座席にもたれかかりながら、俺は全てを覚悟していた。
「こちらでございます」
到着した場所は、トゥール・モンパルナス(モンパルナスタワー)だ。高さは二百二十八メートル。つい最近まで、建物の高さが三十七メートルまでと規制されていたパリ中心部では、飛び抜けて高い建物となっている。現在は工事中。だが、中に入ると、工事中には相応しくない格好のスーツを着た男が、あちらこちらに立っている。
俺は、案内人と共にエレベーターに乗った。
動き出す。
高層階に向かう時は、いつも耳が痛い。勢いよく上り、途中でスピードを感じなくなり、最後は雑に、ゆっくりと止まる。
着いた場所は五十九階。
最上階だ。
扉が開くと、目の前は全面ガラス張りで、パリの風景が広がっている。今は夕方だが、晴れている時には四十キロ先までが見渡せる。工事が始まる少し前に、一度だけ登ったことがある。
「私はここまで。この上にて、シャモー(フタコブラクダ)がお待ちです」
「そうか」
俺はエレベーターのせいか、少し平衡感覚を失っていた。だが、幹部らしく、堂々と、一歩一歩、硬い足裏の感触を確かめるようにして、冷たい階段を登っていった。