Ep.66 キング (King of Heart)

文字数 2,315文字

「さて…と」
 全員が部屋から出たことを確認したキングは、机越しに、俺の正面の椅子に座り直した。両肘を机につき、指を組み、じっと俺を見つめる。その目はまるでビー玉だ。蒼くて澄んでいて、中に何もない。
「これで私の誠意は示しました。次は、あなたの誠意を見せてください」
 言われていることはわかっている。俺は、隠していたGPSや録音機器の一切を机の上に置いた。
「グッド」
 キングは、俺の出した機器のスイッチを全て切り、俺に向き直った。
「さて。ミスター・セロ」
 語調は好意的だ。
「うちのディーラーを脅迫し、詐欺をしてまで私に聞きたい情報とは、どのような情報なのでしょうか ?」
「全て知っているのかもしれませんが、」
 俺は一応いろいろな作戦を練ってきていた。だが、どうもこの男は、本当に全てを知っているような気がする。そこで、作戦を捨て、嘘はやめて、正直に話してみようと思った。
 嘘をつくことだけが交渉術ではない。一流の盗人(ぬすっと)は、相手から情報を盗むためならばどんな手段でもとる。
 俺は丁寧に話を続けた。
「私は、『ル・ゾォ(動物園)』のジズ(鳥の王)と申します。今年は、ボスのシャモー(ラクダ)が『ベッサル(器)』に襲撃され、復讐に向かった大幹部たちが『ザ・クリエイター(創造者)』によって返り討ちにあいました。相談役のシェーブル(ヤギ)は、もう諦めろと言います。けれども私は、どうしても仇を討ちたいのです。そして、『ブラック・ブラッディ・ボックス』の中に仇のボスがいることまでがわかりました。ですが、どうしてもあの箱の中に入ることができません。ところが先日、あなたが入っていく姿をうちの者が捉えました。どのようにしたら入れるのか、教えていただけないでしょうか ?」
 キングは、嬉しそうにうなづきながら聞いていた。
「なるほど。正直なお方ですね。ならば私も、正直にお答えしましょう。ただ、その前に、なぜあなたは仇を討ちたいのですか ? 私たちもミスター・パジェスと契約を結んで、あの一戦以降、こちらからは『ル・ゾォ』には手出ししない、という約束を交わしているというのに」
「私たちも ?」
 キングは、にこやかな拍子、にこやかな表情を崩さない。
「申し遅れました。私は『ザ・リッツ・クラブ』オーナー、クリスピアン・グロブナー。裏の顔はキング。『ザ・クリエイター』の大幹部の一人、ハートのキングです」
 俺は思わず立ち上がり、後ずさった。キングは机上に開いていた両手を、柔らかく持ち上げた。
「怯(おび)えないでください。イースター祭のウサギのように。私は、あなたに危害を加えようとは思っておりません。ただ、私は知っているだけです。彼らを殺したのも私ではありません。あなたは安全です。私に敵意はございません。安心してお話を続けましょう」
 この男に気圧(けお)されている。
 俺は落ち着きを取り戻したふりをして、精一杯胸を張って座り直した。
「グッド」
 キングは微笑んで、再び机上で手を組んだ。
「さて、あなたは仇討ちとさっきからおっしゃられていますが、相手が誰だかはわかってらっしゃいますか ?」
 敵のボスじゃないのか ?
 だが、この男に翻弄されるのはもうたくさんだ。俺は素直に聞くことにした。
「教えてください」
「はい」
 キングは面倒がなくて何よりという顔をして続けた。
「ミスター・ウンバロールを襲撃したのは、『ベッサル』の教徒。この方は、あなた方の手によって、既(すで)に亡(な)き者(もの)とされてしまいましたね。お可哀想に。それから、ミスター・パジェスたちを返り討ちにしたのは、インモータル(不死身の)ジャック。彼はまだ、B3の中で生きています。さて、あなたにとって仇を討つとは、どこまでが仇なのでしょうか ?」
「決まってる。お前たちのボスを倒すところまでだ」
 頑張って丁寧な言葉遣いを使っていたが、元々が貧乏育ちだ。殺されたみんなのことを思い出し、俺はいつの間にか乱暴に口調に変わっていた。
 キングは全く様相を崩さない。
「ということは、私やジャックは殺されない、と言うことでよろしいですか ?」
 キングは胸を撫で下ろす仕草をした。
「情報さえいただけるのならば、あなたは殺しません。だが、ジャックは殺す」
 キングは困った顔をした。
「おやおや。けれども、ジャックは死にませんよ」
「死なない生物はいない」
「それは、あなたが知らないだけです。死なない生物もいますし、切ると分裂して両方ともに自我が存在する生物もいます」
「そんなバカな」
「私は神ではありませんが、神の知っていることは全て教えていただけます。その私が言うのです。間違いありません」
 俺は、何と、何を話しているのかがわからなくなった。わからない時にはすぐに質問ができる。これは俺の長所だろう。
「ならば、どうすればいいのですか ?」
 キングはうなづいた。
「その前に、しっかりと教えてください。仇を討つというのは、私たちのボスを殺す。そういうことで良いのですね ?」
 何か含みのある言い方だ。俺は、そのまま尋ねてみた。
「他に、どういう方法があるというのだ ?」
「そうですねぇ」
 キングは嬉しそうに腕組みをして、すぐに答えた。
「例えば、私なら、『ザ・クリエイター』のボスを殺し、代わりに自分がボスの座につき、『ル・ゾォ』に屈服させますね」
 えっ !?
「そんなことができるのですか ?」
 俺は、目の前が急に明るくなったような気がした。
「できます」
 俺は言われたと同時に席を立ち、机に両手をつき、前のめりに頭を下げた。
「教えてください」
 キングは、微笑んだまま俺を見つめ、その後、ゆっくりと立ち上がった。
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