Ep.39 紫煙ぴえん (La fumée de cigarette)

文字数 1,465文字

「少し頭を冷やしなさい」
 『ギャルディエン(飼育員)』情報班隊長、ルポーン(孔雀)のエリザベータに肩を叩かれた俺は、それ以上ここにいることが居た堪れなくなった。
「わーったよ。どうやら俺は、ここでやれることはねーみてーだな」
「どこ行くの ?」
「ちょっと、頭を冷やしてくるわ」
 俺はタバコを吸う仕草を見せ、エレベーターに乗って下に降りた。確か、一階に喫煙所があったはずだ。
 一階に到着し、エレベーターの扉が開くと、目の前には白いスーツを着た三人の男が立っていた。エレベーターを待っていたのだろう。
 タバコとライターどこだっけな。 
 俺は特に気にせず、コートのポケットをまさぐりながらエレベーターを出る。と、いきなり、何かの力によって、真横に大きく弾き飛ばされた。
 な。
 俺は平衡感覚に関しては世界でもレベルが高い。半回転をし、壁に両手両足をつくことで衝撃をやわらげ、カッコよく地面に降り立つ。
 俺は弾き飛ばされた方角を見た。
 白いスーツを着た三人組。
 俺と同じくらいの背格好をしたオールバックの優男は、俺を無視してエレベーターに乗り込む。
「おー。やるじゃねーか」
 笑って拍手をしているのは、業務用冷蔵庫のような体格の大男。
 そして、身長がエレベーターと同じくらいの高さの男が、エレベーターの庇(ひさし)に手をかけながら、ニヤリと笑って乗り込んでいった。
 あの男だ ! 間違いない。
 『レ・テネーブル・ド・モンマルトル(モンマルトルの闇)』時代の一番大きな失敗。あのマルセイユの港で出会った二人組。奴らだ。あんなに大きな男は他にいない。背の高い人が多いロシアでも、頭三つは抜けている。
 今こそ、あの時の仇をとるチャンスだ。
 いつもなら頭の中で興奮が真っ赤に染まり、先を考えずに襲い掛かりたくなる。だが、今はなぜか、心が前には進まなかった。
 エレベーターが閉まる。
 サラリーマンらしき人たちが、自分をいないもののようにしながら日々の生活を送っている中、俺はノロノロと溢(こぼ)れ散ったタバコを拾い、喫煙所へと向かった。
 ピャルー。
 俺は、ピャルーが好きだったので吸うようになったジダン(タバコの銘柄)に火をつけようとした。
 手が震える。
 ちっ。
 俺は両手で震えを抑え、子供が哺乳瓶を吸うかのようにジダンを口に咥(くわ)えた。
 ふう。
 ようやく煙を吐ける。
 手だけではなく全身が震えていることに、俺は今更ながら気がついた。
 落ち着こう。そして、これからの展望について考えよう。
 今まではずっと、ただ、ウンバロールとパジェスの後について生きてきただけだ。だが、背伸びして世界に出てきた今、自分の実力があまりにも世界に及ばないということに体が拒否反応を示している。精神が絶望をしている。
 俺は初めて、ウンバロールよりも高く空を飛ぶ者達に出会った。しかも、一度に何人も。役立とうと思って意気揚々と旅立ってきたが、俺は所詮(しょせん)、井の中の蛙だったのか ?
 だが、ジダンの紫煙に燻(くすぶ)られるたびに落ち着きを取り戻す。温かさが、俺の心に、生まれつきのポジティブな感情を戻してくれる。
 そうだ。今までもこうやって、深い海の底から這い上がってきたんじゃないか。だって、俺だぞ。俺ならば、まだまだ空高く飛んでいくことができる。それに、今までずっと、ウンバロールに助けられてきたじゃないか。これからはもっと強くなり、ウンバロールの助けになるんだ。

 折れた骨は、治るとより硬く強くなるらしい。
 俺は背中に、再び大きく強い羽が生えてくることを確信した。
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