Ep.58 神の器 (Vessel of Theo)

文字数 2,636文字

 『ル・バトー・ラヴォワール(洗濯船)』を出た俺は、そのまま『ル・ゾォ(動物園)』モスクワ支部に戻った。受付に行く。
「ジズだ。バレンヌ(クジラ)に会いにきた」
「ジズ、ですか ? コカドリーユ(コカトリス)ではなく ?」
 俺の顔を知っている受付が怪訝(けげん)な顔をする。が、構わない。
「そう。ジズが来た、と。それだけを伝えてくれ」
 受付は、訝(いぶか)しみながらもゲラルハに連絡をしてくれる。俺とエリザベータは、しばらく待った後、ゲラルハのいるオフィスに案内された。
 扉を閉めると、ゲラルハはぶっきらぼうな体躯(たいく)で俺に近寄ってきた。
「見られたのか、セロ ?」
「ああ。ゲラルハ。俺は神に戦いを挑む。二人の仇をとるんだ。『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の力を貸してくれ」
「待っていたぞ。一人でじっと我慢していることが、もう耐えられないところだったんだ」
「任せとけ。俺たちで、必ずや、二人の仇をとろう」
 俺たち三人は、固い握手を交わした。

 卓を囲みながら、コーヒーと共に会議。久しぶりの光景だ。いつもはパジェスがし切っていたが、今はいない。俺は、パジェスの魂を引き継いでいるという自覚を持って口を開いた。
 「バレンヌ。俺たちには情報が入ってきていない。単刀直入に聞こう。パジェスの仇は一体誰なんだ ?」
「わからねぇ」
 ゲラルハは無骨に言って続けた。
「だが、パジェスが殺された場所はわかっている。イギリスはロンドン郊外にある、ブラック・ブラッディ・ボックスだ」
「B3 ?」
 エリザベータは一度驚いた顔をして、再度聞き直した。
「あの、『ザ・クリエイター(創造者)』の本拠地として有名なB3 ?」
「そうだ」
「なぜ ? ウンバロールを襲撃したのは、カルト教団『ベッサル(器)』の一員だと聞いているわ」
 ゲラルハはうなづいた。
「『ザ・クリエイター』は、ドーラ会ランキング二位。イギリス最古のギャングだというのは知ってるよな」
 俺とエリザベータはうなづいた。
「だが、調べてみると、実体が掴めなかった」
「どういうこと ?」
 エリザベータと同様、俺も意味がわからなかった。
 仮にもランキング二位のギャングだ。現在二十五位まで落ちたとはいえ、『ル・ゾォ(動物園)』でさえ、構成員は、五千人はくだらない。創設以来一度も二位から陥落したことのない、イギリス最古のギャング、『ザ・クリエイター』も、それなりの大きさの組織だろう。そのうちの一人をとっ捕まえれば、それなりの情報を引き出すことはできるはずだ。
「実体がない。つまり、構成員が誰なのかが、全く分からなかったんだ」
「嘘 ! 私、『ザ・クリエイター』の有名な実績をたくさん知ってるわ。『血の二百人事件』、『豪華客船沈没事件』、どれも数百人規模の構成員がいなければできない実績だわ !」
「そう。俺もそう思って、『ザ・クリエイター』の実績を全て漁(あさ)ってみた。その結果わかったのは、彼らが請け負った大きな仕事は、全て一人の男、通称、インモータル(不死身の)・ジャックによっておこなわれている、ということだ」
「嘘 !」
「俺も信じられなかった。だが、本当だ」
「じゃあ、構成員は一人ってことか ?」
「いや。彼らのボスは、テオという人物だ。実際の目撃談はないが、ドーラ会の登録書にそう記されている」
「つまり、そいつが仇(かたき)って訳か」
「最終的には、な」
 ゲラルハはうなづいた。
「でも、見た人が誰もいないって、本当に存在するの ?」
 エリザベータが不安そうに聞く。ゲラルハが答える。
「そこに、カルト教団『ベッサル』との深い繋がりがある。『ベッサル』はドーラ会にも入っていないが、彼ら信者が実行する犯罪は、全て『ザ・クリエイター』のオーダー(依頼)に絡むものだということが分かった」
 俺とエリザベータは驚いた。
「つまり、『ベッサル』は、『ザ・クリエイター』の下部組織だということ ?」
「下部組織 ? そう取れなくもないが、そうとも言えない。なんせ、彼らに『ザ・クリエイター』との接点は一切ないし、『ベッサル』の信者は、犯罪をした後に、自分がやったという記憶がなくなるんだ」
「ええ ?」
「ウンバロールを襲撃した男も、捕まえて尋問したところ、途中で何かが抜けたようになって、以降、前までの記憶が全くなかった。本人は、イギリスで働くただの商社マンだったよ。『ル・ゾォ』との関係性どころか、裏社会についてすら、一つも関わっていなかった」
「どういうことなの ?」
「『ベッサル』は、イギリス王家が世界を支配することが正しい、という宗教だ。よくある国粋主義者だな。イギリス王家に仇(あだ)なすものは、神によって成敗されるべきだ、という教義を持っている。そして、神の罰は、神の器とされる信者によって落とされる、という。つまり、その襲撃犯が言うには、自分で覚えてはいないが、自分に神が宿って、ウンバロールを成敗したのだろう、とのことだ」
「本当に覚えていないのか ?」
「それだけは間違いない。文字通り、脳を穿(ほじく)り出すほどの拷問をしたが、『ル・ゾォ』に関する知識すら、一つも持っていなかった」
「ベッサルの教祖は誰なんだ ?」
「ベッサルに、教祖はいない。その日、一番敬虔(けいけん)な信者に神が降り、その人物の姿を借りて、神の啓示について話すという。そして、その神の名が、『ザ・クリエイター』のボスと同じ名前、テオなんだ」
「それは、インチキじゃないの ?」
「その可能性もあるが、俺たちも潜入したわけではないから確証は持てない。ただ、信者を捕らえて聞いた話では、嘘だとは思えない」
「じゃあ、『ベッサル』の誰を殺しても、仇をとった事にはならないのか ? パジェスが、神に戦いを挑むようなものだ、と言っていたが、相手は、本当の神なのか ?」
 ゲラルハは、唸(うな)るように答えた。
「ああ。本当の神なのかもしれない。だが、実体はあると思われる」
「なぜ、そう思う ?」
「なぜなら、パジェスがB3にいったからだ」
 ゲラルハは、自信を持って言った。
「なるほど。それは信用に値する」
 パジェスが仇を討ちに『ブラック・ブラッディ・ボックス』へ行ったということは、そこに敵がいるということで間違いない。俺とエリザベータは、一瞬で納得した。
「じゃあ、俺たちの向かう場所は決まったな。まずはB3に行こう」
「ええ」
「問題はない」
 俺たちの仇討ち。
 その最初の行き先は定(さだ)まった。
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