Ep.56 ジズ (Ziz)

文字数 2,274文字

 黄金の懐中時計の針は、まだ止まったままだった。中を開けると、PCに挿せるような機械が入っている。
 これが、物理セキュリティキーか。
 自分のPCに挿してデータを立ち上げると、自動的にパスワードを生成して、データが見られる様になった。中身はファイルが並んでおり、全てのファイルに日にちが書かれている。最初の日にちは六年前だ。俺はすぐにクリックした。

「パジェス。聞こえるか ?」
「ええ。聞こえますよ」
「この『黄金の懐中時計』は、今のところ、私と君しか入ることができないネットワークだ。だが今日、私はセロに、物理キーを渡した」
「前に言ってらっしゃいましたもんね」
「ああ。私が倒れても、パジェスが夢を掴む。パジェスが倒れたら、その後を継ぐのはセロしかいない」
「けど、あいつは可愛いけど、まだ頭が悪いからな。セロが一人前になるまで、俺は倒れられませんね」
「ハハハ。まだ私も倒れていない。パジェスも、私より先のリタイアなんて許さないからな」
「分かってますよ。俺たちは、これからも一心同体です。裏社会の統一による、悪の秩序の維持。絶対に成し遂げましょう。俺たちならできます !」
「ああ。その時私は、ベヘモス(陸の神獣)を名乗ろう」
「そしてセロは、一人前になったら、ジズ(空の神獣)のファミリーネームをくれてやりましょうね」
「それで、パジェスのレヴィアタン(海の神獣)が揃えば、陸海空の全てを制覇できるな」
「やはり、三人ともいないと制覇できないじゃないですか。俺たち三人、絶対に生き残りましょうね」
「まったくだ」
「はっはっはっはっは」

 内容は音声のみ。ウンバロールとパジェスの会話録のようなものだった。極力、情報以外を語らないようにはしているが、ところどころの雑談にあらわれる、信頼感に溢れた声は、俺と話す時の二人と同じだ。
 懐かしい。
 俺は、夢中でファイルを聞いていった。何十時間もあるそれは、黄金時代の思い出で溢れていた。

 今年の四月のファイルだ。
「先日、グロブナー家の秘密文書のデータを盗み出す、というオーダー(依頼)があったじゃないですか。そこでセロが、S3ランクのトレジャーを見つけたそうです」
「グロブナー家はダメだろう。そんなお宝なら、すぐに盗んだことがバレてしまうし、バレれば、イギリス王家と喧嘩になってしまう。データ以外は厳しいな」
「当然ですよね。俺もそう言ったのです。ですがセロは、あなたの五十五歳の誕生日にプレゼントしたいので、どうしてもクエスト(探索)に挑戦したい、となかなか譲らないのですよ」
「嬉しいが、厄介な問題を持ってきたな」
「ええ。バカですが、可愛いやつですよ」
「うん。先のことを考えられる目がまだ無いとはいえ、私のためにしてくれているのだからな。私はどんな結末になろうとも、セロの味方をし、セロを抱きしめてやるつもりだよ」
「俺も、あいつには危害が及ばないように、何か策を考えながら、望みを叶えてやりたいです」
 …

 五月終わりのファイルだ。
「セロが、俺の命令を無視して、単独で、グロブナー家をクエスト(探索)してしまいました」
「そうか…」
「これから俺は、『ザ・クリエイター』と連絡を取り、なんとか穏便に済ませられるように話し合ってきます」
「うん。くれぐれも、セロにはバレないようにしたいな。あれに、無用な劣等感を与えたくはない」
「はい。『ザ・ファースト・エッグ(始まりの卵)』を返還して欲しいと言われたら、ウンバロールの誕生日まで待ってもらって、プラス一億ユーロ(約百二十億円)を賠償金として支払います。よろしいでしょうか ?」
「ああ。セロの思いには、それ以上の価値がある」
 …

 六月、ウンバロールの誕生日のファイルだ。
「ウンバロール。交渉は決裂いたしました。今日は命を狙われる危険性があります。防弾チョッキをおつけください」
「うむ。パジェスも、警備を頼んだぞ」
「はい。セロも殺される可能性がありますので、警備には参加させません。よろしくお願いします」
 …

 そして最後、十一月のファイル。これは当然のことながら、パジェスの一人語りだ。
「セロ。これを聞いているということは、俺たちの仇を取ろうとしてくれているんだろう。本当は、ここに辿り着かないで欲しい、と思っているが、こんなファイルを残すということは、心のどこかで、俺たちの仇をとって欲しいという気持ちもあるのかもしれないな」
 パジェスは、少し止まって、また話し出した。
「お前には、俺の全財産をやると言った。だが、力だけは、まだ渡していない。お前に今、俺の力を渡そう。これからは、コカドリーユ(コカトリス)ではなく、ジズと名乗れ。そして、ゲラルハに会いに行け。ゲラルハこそは、俺の直属部隊、『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の隊長だ。お前がジズと名乗った時から、俺に仕えるようにセロに仕えろ、と言い含めてある。彼から情報を聞いて、それでも仇を討つというのならば、神には勝てないと思うが、もう俺は止めない。地獄でパルクールでもして待っていよう。ただ、本当に仇を討たずに幸せでいてくれるならば、俺はそれが一番嬉しいぞ。それから、エリザベータとゲラルハにも、良い彼女と親友を持てて、心から幸せだった、と伝えてくれ。よろしくな」

 全てを聞き終えて、俺は、偉大な二人の男の人生に触れた気がした。そして、この続きは俺が刻んでいく。
 俺はジズ。鳥の王だ。
 王ならば、まずは他の鳥を導かなくてはならない。
 俺は、ゲラルハに会いに行く前に、まず、ル・ポーン(孔雀)のエリザベータを訪ねることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み