Ep.63 賭け事 (placer des paris)

文字数 1,271文字

 いよいよ作戦決行だ。
 ディーラーは今日も出勤している。何も変わった様子がない。
 囮(おとり)として、『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の一人を赤髪に変装させて潜り込ませたが、特にカジノが警戒を強めている様子もなかった。
 俺は満(まん)を持(じ)して、『ザ・リッツ・クラブ』に乗り込んだ。
 カジノの中ではすでにゲラルハが、気の良いドイツの自動車会社の社長として、ルーレットに興(きょう)じている。
 基本的には穏便に済ませるつもりだ。
 だが、もしピンチの時には、俺の声を外で拾っている『レ・フレール・デュ・マル』の他のメンバーと共に、プライベートサロンに雪崩(なだれ)こむ。合図は、俺の「バレンヌ(クジラ)、バレンヌ、バレンヌ」と三回インカムに呟(つぶや)く声だ。もちろん、何度もVIPたちに盗聴器を仕掛けたので、プライベートサロンにも電波が通っていることは確認済みだ。
 俺は、例のディーラーがいる、ルーレットの席に座った。

 ルーレットとは、回転する円盤に球を投げ入れ、落ちる場所を当てるゲームのことだ。赤と黒の二色に色分けされており、0から36までの数字がある。
 最初は目立たないように、倍率の低い赤や黒に賭けていく。ここでは勝ったり負けたりだ。そして、ディーラーに目配せをして、一番倍率の高い、0に大金をかける。
「おお」
 サロンの中はどよめいた。
 一流のディーラーは出目を自由に操れる。とはいえ、出目を完璧に操るのは難しい。一つズレるだけでも負けは確定する。もちろん、俺にはまだまだ資金があるので、負けたら次も、同じように、大金を賭ける用意はできている。
 ただ、お金に関しての不安はなかったが、俺が毎回0に賭け、その度に、何度も0の近くにばかりボールが止まっていたら、怪しまれる可能性は高くなる。
 ここで決まってくれ。
 ディーラーは、球を投げ入れる。
 こんなにカラカラと動く球を、本当に狙った場所に入れられるのか ?
 俺は、さすがに不安になった。
 カランカランカラン。
 カラカラカラカラ。
 ルーレットはゆっくりと回転の速度を緩める。
 カラン。
 ボールは、小気味良い音を立てて、0に止まった。
 集まっていた人だかりは、一斉に歓喜の声を上げた。
 俺は、観衆に応えて手を挙げた。
 二人の体格のいい用心棒が近づいてくる。
 バレたか ?
 俺は、失敗した時の言い訳や、その後の作戦について思いを巡らせた。
 用心棒は、優しく、俺に、手を差し出す。
「お客様。まだ続けられるようでしたら、こちらへいらっしゃいませんか ?」
「こちら ?」
「ええ。プライベートサロンにご案内いたします」
 個室に案内される理由として、特別扱いをされるという意味もあるが、大金を稼いだ人が、普通の人と同じ場所から帰ると危険だから、という意味もある。
 つまり、第一段階は成功したのだ。
「ありがとう。私は、バカラをやりたい」
「それではこちらです」
 俺は、紳士らしくゆっくりと立ち上がり、観客たちに手を挙げながら、拍手を背にして、プライベートサロン、『アイーダルーム』へと案内された。
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