Ep.31 会議2 (Réunion)

文字数 3,027文字

 だが、全員が立ち上がって拍手をしているものの、内心では迷っている者もいた。俺も、その一人だった。
 俺はもともと、「空を飛びたい」と思い、パルクールと生活を両立させるために生きてきた。今は組織の仕事が多忙なので、パルクールの大会にはほとんど出場できていないが、賞金を得られない分、組織から多額の給料を受け取っている。
 挑戦するということは、他の全てを犠牲にして、身を焦がすほどの時間をかけなければ、成功という山には到達することができない。今までの人生で知っている。
 となると、どこの時間を割くか。おそらく、ニタルトとの、甘くゆったりとした時間になるだろう。パルクールの練習時間となるだろう。これらの時間は、安らぎを得られるが、成長には繋がらない。
 自分はまだ、人生の中で、ゆったりとしていい季節にはなっていないのだろうか。
 そんな気持ちを見越してか、ウンバロールは話を続けた。
「何人か、心から賛同していないものもいるだろう。うむ、仕方ない。私の一方的な熱情を、突然、君たちにまで強要するわけにはいかない。そして、私は世界に出て行きたいが、このフランス、モンマルトルという場所も気に入っている。疲れた時にはそっと迎え入れてくれる故郷(ふるさと)。ここを守る者も必要だろう。けして裏切らない者であれば、共に挑戦に赴(おもむ)かずとも良い。たとえば、シュバル(馬)」
「はい」
 シュバルと呼ばれた男が、後ろ足の長い髪を震わせて、勢いよく立ち上がった。
「君は去年、結婚したばかりだな」
「はい。けれども私は、シャモー(フタコブラクダ)と共に歩みたいです」
「気持ちは嬉しいが、君には、私たちの帰れる場所を守ってもらう。これからお前はフランスのボスだ。このパリ、モンマルトルの地で、我らが祖国、フランスを守れ。異論は許さん」
 シュバルは困惑している。
「フランスのボス ? それでは、シャモーや他の幹部たちはどうするのですか ?」
「私たちは、世界全てを統一するのだ。土地はたくさんある。フランスだけではない。中国、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、南米、アジア、中東、インド、アフリカ、日本、オーストラリア。それぞれに会社を設立し、ここにいる幹部には、各地域のボスになってもらう。その幹部たちを、『レ・ドゥーゼン・ドゥ・ミュジシャン(十二人の音楽隊)』と名づける」
 会議室がざわつく。シュバルは、「さすがはボスだ。考えている規模が違う」と感心した顔に変わった。
「だが、君たち幹部の中には、シュバルのように地区全てを治(おさ)めることが得意な者もいれば、何か一つだけ、ずば抜けた特技を持っている者もいる。例えばリオン。君に、私たち『ル・ゾォ』は、とてもお世話になってきた。あのマルセイユを落とした時の戦いは、今でも目の裏に浮かぶようにはっきりと覚えている。君がいなければ負けていた」
 リオンは嬉しそうだ。
「君は命の恩人だ。私は、君を幹部にしたい。だが、君にアメリカを統一してくれという仕事を頼んでも、おそらく、現地にいる他の組織と揉めてしまうだけだろう」
「そんなことは !」
 リオンは慌てた。
「ない、と言い切れるかい ? そのための戦略は ? どういう人材をどう配置して、どのような交渉をして、どのように統一するのか。今ここで、ハッキリとできると言えるかい ?」
「あ、いや…。そういう難しいことは…」
 リオンは肩を落とした。
「わからない、だろ ? いいんだ。認めれば。普通は、自分の実力以上に偉ぶったり、体の大きさにあかせて暴れたりする中で、そのように自分を認められることは、大きな信頼に値する」
「しかし…」
「大丈夫だ。私が君を信頼するように、君も私を信頼しろ。そのような者の地位を、私が、落とすはずがないではないか。暴力に長(た)けた者。知略に長けた者。戦術に長けた者。情報操作や情報収集に長けた者。泥棒に長けた者。私たちには幸運なことに、エキスパートがたくさんいる。こういう者それぞれに一つの部署を設立し、『レ・ドゥーゼン・ドゥ・ミュジシャン』と対をなす幹部としたい。名を、『ギャルディエン(飼育員)』とする。『ル・ゾォ』にいる動物たちが、伸び伸びと働けるようにするための実行部隊だ。リオン。君には、暴力班の隊長になってもらおう」
「それは…どっちが偉いんですかねぇ」
 リオンは聞きづらそうに頭をかきながらも、質問をする。
「『レ・ドゥーゼン・ドゥ・ミュジシャン』が政治や経営部門のトップだとしたら、『ギャルディエン』は実行部門のトップ。表社会を『レ・ドゥーゼン・ドゥ・ミュジシャン』が統一し、裏社会を『ギャルディエン』が統一する。どちらが無くても、悪の世界統一はできない。つまり、偉さは同じだ。ただし…」
 ウンバロールはニヤリと笑った。
「飼育員なんだ。汚い仕事は、たくさんしてもらうがね」
「そいつは適役だ。俺に任せといてくだせぇ !」
 リオンは心配がなくなったのだろう。いつもの大音声(だいおんじょう)で胸を叩いた。
「はっはっは。君がいると本当に安心できる。頼りにしてるよ。いつもありがとう」
 ウンバロールは、リオンに向けていた体を正面に向き直した。 
「このように、私は、君たちそれぞれとの今までの思い出を振り返りながら、それぞれとのこれからの未来を考えた。私のことを知っているだろう ? 私は、君たちが裏切らない限りは、絶対に裏切らない。君たちを愛し、君たちに無理をさせない。適材適所に人材を置く。これまでの激戦で、共に戦えないほど年老いた者もいるだろう。ここまで走り抜いて、これ以上は走りたくないという者もいるだろう。私たちは家族だ。それぞれが一番いいところにいて、一番貢献できるところで組織の役に立つ。そうしてここまで大きくなって来たんだ。未来永劫、それは変わらない」
 ウンバロールは、垂れた瞼で幹部を見回した。ほぼ隠れている細い目が優しい。
 俺は、ウンバロールと目線があった時、覚悟を問われているような気がした。けれども、覚悟があろうがなかろうが、ついていくという決断以外は何も思い浮かばない。ウンバロールとパジェス。目の前にいる、この二人の偉大な男を喜ばせたい。そのことしか、頭の中に思い浮かばなかった。
「本当にいいのか ? 私についてきてくれるのか ?」
「はい ! もちろんです」
 葛藤してはいるものの、出す答えは一つしかない。
 俺の人生に答えは一つしかない。
 ただ、ついていく。
 それだけだ。
「嬉しい。嬉しいなぁ」
 ウンバロールは、崩れていた顔を少し真剣にしながら続けた。
「私たちは家族だ。これからは新しい仲間もたくさん増えていくだろうが、共にずっと生きていきたい。本音で話し合っていきたい。こうしてみんな賛成してくれているが、この場所では言いにくいことや、じっくり考えてから結論を出したいこともあるだろう。そこで三日後、君たち一人一人に、私が、個別で会いに行く。誰もいないところ、シェーヴル(ヤギ)やオルク(シャチ)もいないところで、一対一で話をしよう。胸襟(きょうきん)を開いて、話をしよう。その意見を参考にして、改めて一週間後、それぞれのポジションを決めさせていただく。以上だ」
 ウンバロールはパジェスの後について、会議室から出ていく。それに合わせて全員が立ち上がる。去りゆく彼の大きな後ろ姿を見ながら、俺たちはそれぞれの思いを抱き、日常へと戻っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み