Ｅｐ．６９　同盟　（ｌ’Ａｌｌｉａｎｃｅ）

　人間は限界を超えて壊れない限り、どんなに無理無茶無謀な価値観にもすぐに慣れていく。
　時に、正義という名の破壊へ。
　時に、悪という名の秩序へ。
　同じように、悪魔と手を結ぶことも、自分が神になることも、そんなもんだと思えば慣れていく。
　後は目標に向かうだけだ。

　俺は生まれつき、どんなに過酷な環境に行っても、こんなものだろうと思うことが早い。他の『レ・ジュモン(悪魔チーム)』の三人が疑うような異常事態に対しても、こんなものだろうと思ってからは、むしろ進んでキングと接しようとした。
　俺は三人と話した後、一人でホテル内のキングが住んでいる部屋に向かい、そこで三日三晩話し合った。そして、頭の中でまとまった全ての答えを、みんなの前で発表した。
「俺は神を倒し、自分が神になる。そして、自分が『ザ・クリエイター』のボスに君臨し、ウンバロールを治療して、『ル・ゾォ(動物園)』と手を組ませる。最終的には、ドーラ会ランキング一位に『ル・ゾォ』、二位に『ザ・クリエイター』として、ウンバロールと共に悪の世界を治めようと思う。これが俺たちの仇討ちだ」
　『レ・ジュモン』のみんなは、俺の夢物語を聞いて呆れたような顔つきになっている。
「大丈夫 ?　その、キングって男は」
「いくら聞いても荒唐無稽(こうとうむけい)な話にしか思えん。もしかしてジズ。お前、洗脳されてるんじゃないだろうな ?」
「神がいるだなんて、そんなの信じられるはずがないじゃない」
　そんな反論が来ることは予想していた。
　俺は余裕を持って、三人の反論をむかえいれた。
「俺だって、いまだに夢の中の話を聞いているようだ。だが、現実に即して考えてみてほしい。今まで他の場所で手に入れた情報と、実際に起こった出来事を照らし合わせてみてほしい。キングの話すことは、一つも事実から外れた部分がない」
　この一言で、論理的思考を練習し続けていた三人は黙った。
「確かに…。しかし…。信じられん…」
「おそらく、地球が回っていると言われた人も、最初は信じられなかったと思う。知らないことを知るというのは、概(がい)して、そういうものなのだろう」
「それでジズ。あなたは、そのキングという男についていくの ?」
「ああ」
「彼が黒幕かもしれないと、そう考えたりはしないの ?」
「それはない」
「なぜ ?」
「キングの目を一眼見れば、お前もわかる。あの男には、一切の執着がない。イギリス王家の至宝を奪われたからといって、復讐に出るようなことを考える男ではない」
「しかし…」
「じゃあ !」
　俺は机を叩いた。
「キングが何者であろうが、彼と手を組む以外に復讐を果たす方法はあるのか ?　それに対して、何か意見は持っているのか ?」
　俺は三人を見渡す。何もない。無言の同意を示している。
「だろ ?　俺たちは『レ・ジュモン(悪魔チーム)』だ。悪魔が悪魔の手を借りて、神にとって変わる。これ以外に神を倒す方法はない」
「ルシファーの物語…、か」
　他に誰かが策を持っているわけではない。三人はうなづく以外なかった。
「同意は得たようだな。それじゃあ」
　俺は部屋の扉を開け、一人の男を呼び寄せた。
　今話に出てきたキングだ。
　サングラスをかけ、身元がバレないようにしている。
「こんにちは、みなさん」
　キングはサングラスを外し、恭(うやうや)しくお辞儀をする。顔を上げた時、三人はキングと目を合わせた。
　空気が変わった。　
　先程まで半信半疑だった三人が、一瞬で、俺の今までの話に納得した。
「なるほど…。これは凄い…」
　ウンバロールやパジェス。凄い男なら、俺たちは見慣れている。だがキングは、同じカリスマとはいえ、二人と違って真意が見えない。人間の底が抜けている。表情豊かであるにも関わらず、友好的な態度であるにも関わらず、どの表情にも人間味がまるで無い。ただ爽(さわ)やかなだけだ。
「確かに、この男と手を組めば、仇討ちという俺たちの願いを叶えることができるかもしれん」
「私たちの目標は、仇を討つこと、ただ一つ。そのためには、私も悪魔に魂を売ることを厭(いと)わない」
　ゲラルハとエリザベータの了承は得た。あとはウォーカーだ。
　俺はウォーカーに視線をやった。ウォーカーは、こうして俺たちと共に来てくれてはいるが、元来、保守派だ。それでも下を向いたまま無言で、特に反対意見は言わなかった。
「みんな、納得してくれたようだな」
　他の二人とともに、ウォーカーも不承不承(ふしょうぶしょう)うなづく。
　俺は話を進めることにした。