Ep.25 祝勝会 (Célébration de la victoire)

文字数 2,370文字

 その夜はパルクール世界大会の関係者が全員集まり、盛大な祝勝会が開かれた。
 場所は、高級ホテル『インターコンチネンタル・パリ・ルグラン』の地下1 階にある、『サロン・ベルリオーズ』だ。
 俺は、スポンサーや大会委員に周りを囲まれながら、会場の中に入った。
 円型の、白く、豪華な会場。壁には等間隔で、三メートルはある長方形の窓が並んでいる。立食パーティなら三百人は入れる広さだが、真っ直ぐには歩けないくらい人が溢れている。シェフとウェイターが何名か待機しており、参加者は軽食とドリンクが自由にいただける仕組みだ。
 こんなに贅沢な会場になった理由は、フランス右翼のスポンサーが、フランス人のウォーカーが勝つと予想して、国威上昇の一助になると予約しておいたかららしい。
 結果としてウォーカーは負けてしまったとはいえ、どちらにせよフランス人が優勝した。しかも、決勝に残ったのが、二人ともフランス人だった。
 となれば、スポンサーは鼻息荒く、上機嫌だった。

 大会委員長、スポンサー、俺、ウォーカー、世界チャンピオンの挨拶が一通り終わり、乾杯をすると、後はもう、無礼講だ。
 最初のうちは、俺の勝利を讃える雰囲気と、ウォーカーの敗北を惜しむ雰囲気で二分されていたが、三十分も経つと、参加者それぞれが、自分が一番楽しみたい人の元へ寄っていき、楽しみたい話へと移行していった。どんな議題があろうとも結局、人間は人間だ。最終的には欲と酒に勝てない。
 俺に近寄ってくるのは、「俺の外見」を狙ってる女たちだ。近寄ってくる男は、俺を使うことで生み出せる「金」と「名声」を狙ってる。
 さらに、俺に寄ってくる「女」のオコボレを狙って、もう一重、男の輪が出来ている。

 こんなものだろう。

 俺はそもそも、仲間以外に対しては大した期待をしていない。けれども、酔いが進むにつれて、これが自分の生きている世界だと思うと少々うんざりした。外見と地位で人が寄ってくる。多分、俺が「ブサイク」で「優勝していなかった」ら、誰も寄っては来ないだろう。
「顔と違って、手のひらはゴツゴツしてるんですね」
「お美しい淑女(しゅくじょ)の前で、みっともない手を晒(さら)してしまってすいません」
 俺がこの手でどれだけ犯罪をおかしているのか、知ったらきっと、ひくだろう。俺は可愛らしく微笑んだ。
「わぁ。筋肉も凄い。ちょっと触っていいですか ?」
「どうぞ」
 美女が、俺の筋肉から醸し出される雄(おす)のフェロモンで興奮し、雌(めす)のフェロモンを発散させている。匂いがいかがわしい。顔も上気している。
「試合、凄かったよ。スポンサーになりたいのだが、ちょっといいかね」
「ありがたいです。後日、パルクール協会にお問い合わせください」
 どこかの社長が偉そうに声をかけてくる。俺はあんたの物じゃない。ウンバロールの者なんだ。金なんかで俺を買うなんて、出来ると思うなよ。 
「俺、知ってる ? 芸能人の。今度さぁ、俺が主催するパーティに来てくれよ。友達を紹介するよ」
「ああ。ありがとう」
 オシャレな男が手を差し出してくる。がっちりと握手を交わす。写真を撮ってくる。
 ニコニコとしちゃってまぁ、こいつは俺の何を知っているのだろう。

 空虚すぎる空気が現実を感じさせない。
 何なんだろう、こいつらは。

 男は全員、俺に対してマウントを取ろうとしてくる。財力をひけらかされても、俺が本気になれば、一日で全てを盗んでスッテンテンにしてやることが出来る。力自慢も、実際に戦ったら五秒で死に至らしめることが出来る。お前たちは、ただの、血の詰まった肉袋に過ぎないというのに。
 人間たちの体臭と混ざり合った香水の中、俺は壊れた蛇口のように、えんえん嘘を垂れ流しながら、遠くにいる女性の姿を目で追い続けていた。
 先程から、何度も何度も軽食を山盛りに持ってきては、『ラ・リュミエール・ド・モンマルトル(光)』の仲間に分けている女性。自分たちだけで一卓を占領して、今日は出来るだけ沢山、おいしい食事を楽しもうと思っていそうな女性。
 笑顔。
 ニタルトだ。
 祝勝会が始まってすぐ、「おめでとう」という言葉をかけに来てくれたが、それ以降は、ずっと他人と話をしている。主に男ばかりだ。ニタルトに寄ってくる男をいちいち評価しながら、俺はイライラとして仕方がなかった。
 この世の中で美しいのはニタルト。
 お前だけだ。
 お前がいるから世界は美しい。
 俺は、知らない人たちと何度も乾杯させられているうちに、酒に飲まれて我慢ができなくなってきた。
 自分の周りにいる輪をかき分け、酔いの回りはじめた体をふらつかせながら、ニタルトの近くに寄っていく。

「あら。ひよっこチャンピオン。やっと帰ってこられたのね」
 ニタルトは俺に気づくと、あどけなくも艶(あで)やかな笑顔を返してきた。俺は照れ臭くて顔が赤くなったが、酔いのためだということで誤魔化すことができた。「木を隠すには森の中」とはこのことだ。
 一つの卓に、『ラ・リュミエール・ド・モンマルトル』のメンバーが全員集まると、今度は、「俺とウォーカーのツーショット写真を撮りたい」と取材陣が押し寄せてきた。
 ウォーカーが合図をすると、ニタルトは俺の袖(そで)を掴(つか)み、会場の外まで引っ張る。
 お ?
 なんだ ?
 俺はされるがまま。
 追おうとする取材陣の前にはウォーカーが立ちはだかり、慣れないインタビューに答えようと、必死で努力をしてくれている。
「すいません。彼は、少し…、この後、忙しくて…」
「忙しいって、何が忙しいんですか ?」
「えっと、あの、その…」
 バカ ! 抑えてくれるつもりなら、その後どう抑えるかまでしっかり考えて計画しろ !!
 俺は、喧騒が少し気になりながらも、ニタルトと共にエレベーターに向かった。
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