Ep.36 世界規模 (L’echelle mondiale)

文字数 1,633文字

 二十一歳になった俺は、ウンバロールや『ギャルディエン(飼育員)』らと共に、『ドーラ会』の本部がある、ロシアの首都、モスクワへと向かった。ドーラ会首魁マルネラ・ドラコフスキーとの初顔合わせのためだ。

 チャーター機に乗っている俺は、機内アナウンスを聞く。
「モスクワの気温は現在、8.4度となっております」
 ロシアは北国なのでかなり寒いものだと想像していたが、フランスとあまり変わりがないらしい。
 だが、初めてフランス以外の場所に出てきた俺にとって、空から眺めるモスクワの街景色は新鮮だった。
 パリほどではないが建物は低く、歴史的建造物はまるでモスク(イスラム教の寺院)のようだ。エッフェル塔よろしく、オスタンキノ・タワーという電波塔も建っている。目的地のモスクワシティには、ラ・デファンス地区のように、何棟もの超高層ビルが見える。
 もちろんパリこそが至高の芸術だが、美しさの基準は人それぞれ。感じ方によって違う。だが、高さや大きさは測ることができる。目視でもはっきりと分かる。パリよりもモスクワの方が圧倒的に上だ。
 三百十二メートルのエッフェル塔と、五百四十メートルのオスタンキノ・タワー。
 二百二十八メートルのトゥール・モンパルナスと、三百メートル以上の高さのビルが林立しているモスクワシティ。
 しかも、ロシアは世界一の大国ではない。アメリカや中国の方がさらに凄い。他にも、サウジアラビアには千メートルのビルがあるという。フランスという狭い場所にしか生きていなかったが、おそらく世界は、自分の予想を遥かに超えて大きいようだ。
 だが、俺たちは決して舐められてはならない。俺がウンバロールと共に、この世界の頂点を目指す。そのための一歩目が、今回の初顔合わせなのだ。

  モスクワにはすでに、先遣隊(せんけんたい)として、『レ・ドゥーゼン・ドゥ・ミュジシャン(十二人の音楽隊)』ロシア担当のベリエ(雄羊)が、十人の部下と共に待っていた。彼の采配により、空港にはロールスロイスがズラリと並んでいる。
 もちろんロシアの庶民たちは写真を撮っているが、俺たちは表向きは、『キャメル』というIT会社の幹部としてやって来ている。問題ない。フランスで一番おしゃれなブランドの一つであるイヴ・サン・ローランの特注スーツを纏(まと)った三十人の姿は壮観だ。さぞかし撮りたくもなるだろう。
 ウンバロールが連れてきた二十人は、幹部以外、全て百八十センチを超えた身長のものばかりを連れてきている。体を鍛えていて、外見も美しい男ばかりだ。
 どうだ ? これがフランスの実力だ。
 『ル・ゾォ(動物園)』一行はモスクワシティまで移動し、『ドーラ会』の本部があるユーラシア・タワーの前に車を止め、ロシア担当、古株のペリエを先頭に、全員が綺麗に並ぶ
 示威行動。
 その姿は壮観そのものだった。
 ウンバロールの左右には作戦参謀パジェスと、『ギャルディエン』暴力班筆頭のリオン(ライオン)が並ぶ。俺はパジェスの後ろだ。
 市民全員が、俺たちの晴れ姿を見ている。絶対に天下をとれる。
 俺は誇らしい気分で胸を張り、余裕を見せながら、街を歩くロシア美女に、軽く手を振ったりみせたりもした。

 ビルの受付に到着する。
 『ドーラ会』も表向きは、一流総合商社として知られている。ウンバロールの襟(えり)についている『D93(ドーラ会九十三位)』とかかれたピンバッチを見た金髪の受付嬢が、恐れ敬いながら特別なエレベーターへと案内をしてくれた。
 大型の高速エレベーターに、ウンバロールと、俺たち幹部が乗り込む。
 ウンバロールがスイッチボックスにピンバッジを当てると、階数を押していないのに扉は閉まり、エレベーターはそのまま動きだした。
 エレベーターは、七十二階建てのビルのどの階のボタンも光らせずに上昇し、しばらくしてゆっくりと止まる。何階かはわからないが、鍵がないと止まらない秘密の階層があるようだ。
 いよいよ、世界への扉が開いた。
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