Ep.60 黒い血の塊 (Black Bloody Box)

文字数 2,219文字

 目的地である『ブラック・ブラッディ・ボックス』は、ロンドン、ハックニー地区の外れにある。ここは犯罪多発地区だったが、近年、芸術家たちのアトリエなどができ、オシャレで活気づいている。初めて来た観光客は、この奇妙なオブジェを見つけると、芸術作品と勘違いして、嬉しそうに写真を撮る。
 だが、ハックニーに住んでいる者は、誰一人として、この箱型の建物には近づかない。今後も、観光地としてオススメされることはないだろう。なぜなら、ここは、年に何度か、庭に大量の死体が転がっているからだ。

 俺は、ウォーカーと共に、『ブラック・ブラッディ・ボックス』を見上げた。一辺五十メートルの、巨大な、黒い、正方形のオブジェ。門は閉まり、「Keep out(立ち入り禁止)」の看板が貼られている。黒箱を囲む、三メートル以上もの高さがある壁の上には、しっかりと、鉄条網も張り巡らされている。
 だが、俺たちは『レ・ジュモン(悪魔チーム)』だ。こんな障害は訳もない。監視カメラを確認し、レーザー類を調査し、鉄条網を直せるように断ち切り、ウォーカーと二人、あっさりと『ブラック・ブラッディ・ボックス』のある庭に降り立った。
 俺たちは、黒い箱の周りを探ってみた。入口がない。どこを触ってもツルツルとしていて、入ることができない。レントゲン解析をしても中が見えない。壁を登ろうとしても、一ミリも指をかける場所がない。俺たちは、資料写真と映像を撮って、一度隠れ家に戻った。

「これはどういうことだ ? 確かにパジェスたちは、ここに入っていったんだよな ?」
「ああ。間違いない。お前から報告があったので、他の『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の隊員にも聞いてみたが、間違いはなかった。ここ。門から真正面にある、ここから、中に入っていった」
 映像や写真を見ながら検証を重ねるが、俺たちが調べた感じでは、どう考えても、入ることができない場所だった。
「うーん」
 唸(うな)る俺に、さらに情報をくれる。
「そして、この建物から出る時は、上からも下からも、死体がどんどん飛び出しては、箱の周りに落ちて積まれた」
 ゲラルハは、勇気を振り絞るように、腕を組みながら言った。思い出して、胃液が逆流しそうになるのを、必死で抑えている。人の頭の中に浮かんだ景色を見ることはできないが、さぞかし凄惨な光景だったのだろう。
 俺は、ゲラルハの言う情報をは真実だ、と感じた。
「ということは、ここが本当に建物なのかどうか、調べなければならないな。パジェスたちが入ったんだ。他にも入る人がいるかもしれない。カメラを設置して、実際に人が入るかを監視しよう。そして、もし箱に入ることのできる人がいたら、そいつから入る方法を聞きだそう。他にできることはないか ?」
「私が今、『ベッサル(器)』に侵入しているわ。司祭や高官から、黒幕にたどり着くことができるかもしれない」
「うん。何か発展があったらすぐに知らせてくれ。くれぐれも、危険なことだけはするなよ」
「わかってる」
 エリザベータの目はもう廃人ではない。キラキラと光り輝き、目的に満ち溢れていた。

 カルト宗教団体『ベッサル』の精査に入っている、変装の名人、エリザベータは、ついに、団体に潜り込むことに成功した。
 変装の名人とは、ただ外見が変化するだけではない。自分と背丈格好の似ている信者を探し、彼女の身辺を調べ、拐(さら)い、身分証まで含めて完璧に変装する。その結果、友達でさえ、エリザベータと信者の区別がつかない。二週間もすると、百人単位の集会に参加できるようにまでなった。
「セロ。私の作戦では、誰が黒幕かは分からないわ」
「なぜだ ?」
「集会は、司祭が中心になっておこなうんだけど、司祭は、その日ごとによって違う人がなるの。ゲラルハの情報通りだわ」
「だったら、進行表を作っている人が黒幕かもしれないな」
「それが、進行表のようなものが全くないのに、神に選ばれたと自称する信者が出てきて、集会を進行させるの。しかもそれが、いつも同じ口調なの。本当、認めたくはないけど、まるで、神がその人に入ったかのように」
「いや、何かカラクリがあるだろう」
「わからない。少なくとも、私にはわからない。ただ、集会に参加している要人は、追跡させて、身元のわかった人がいる。その人のデータだけは渡せるわ」
「じゃあ、そのデータを元に、『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の連中に、さらに詳細な人物のデータを漁らせよう」
「おう。それしかないな。エリザベータ。引き続き、よろしく頼む」
「いや、私はもう、集会に参加できないわ」
「なぜだ ?」
「前回の集会で言われたの。ここに裏切り者が潜んでいる。彼女が次も来たら、その時は見せしめにしよう、って」
「脅すために、定期的に、ヤマカンで言っているのかもしれないよ ?」
「違うわ。確信がある。信者はみんな覆面をかぶっているけれど、司祭は私の目を見てハッキリと言ったわ。神は全てを知っている。その者の名は、エリザベータだ、と」
 俺たちはゾッとした。
 それが本当なら、敵はどれだけ強大なのだろう。俺たちは盗みのトッププロだ。尾行や監視をされていない自信はある。それでも尚、名前まで的中させた司祭。
 さすがに相手は神だ。けれども絶対に、糸を手繰り寄せるようにして、お前の首を切り落とす。
 俺は、仲間の顔が青ざめる中、一人堂々と、顔を紅潮(こうちょう)させていた。
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