Ep.64 バカラ (Baccarat)

文字数 1,820文字

 『アイーダルーム』は、バカラしか置いていない、プライベートサロンの中では一番小さな部屋だ。ここ以外のプライベートサロンには、キングは来ない。第二段階もクリアだ。
 案内された席で待っていると、すぐに奥から、一人の男がやってきた。
 すらりと背が高く、優雅な所作の男だ。均整のとれた体型をしている。まだ三十歳になったかならないかくらいだが、セクシーで美しい。口には髭をたくわえている。スタイリッシュでいながら、ロックを感じさせる着方をしているスーツは、異質でありながら、ジョンブル(イギリス紳士)を体現している。
「拝見させていただきました。まだ若いのに、なかなかお強いですな」
「たまたまですよ。こんなに歴史のあるカジノで、今夜は良い思い出になりそうです」
 男は爽(さわ)やかに笑った。
「まだ、私との対戦が残っておりますよ。もっとも、いい思い出は差し上げられると、確信しておりますがね」
「お手柔らかに。私はジャック・デ・クルーゼロ。フランスの小さな貴族の末裔(まつえい)です」
 自分の名前を名乗ることによって、相手からも名前を引き出す作戦だ。男は、策に乗ってきた。
「これは御丁寧に。ホストである私の方から先に名乗らなくてはなりませんでした。私の名は、クリスピアン・グロブナー。通称、キングと呼ばれております」
 キング。
 やはり、この男がキングだ。
 全ての秘密を握っているに相応(ふさわ)しいオーラを兼ね備えている。
 さて、どうやって話を聞こうか。
 俺はとりあえず、この男とバカラをしながら、次の策を練ることにした。
「それでは始めましょうか、ミスター・セロ。あなたは、早急に用事を終わらせたいですか ? それとも、ゆっくりとゲームを楽しみたいですか ?」
「ゆっくりとおこないたい」
 言った後で、俺はハッとした。
 今、この男は、俺の名前を言わなかったか ?
 セロ、と。
 驚いた顔をした俺に対し、キングは、「怖くないんだよ」という顔で微笑む。まるで、吠えている子犬をあやす時のような表情だ。
 俺は、作戦の失敗を感じ、ゲラルハを呼ぼうと、口を開いた。
「鯨を呼ぶのはお待ちください。私はただ、あなたとお話がしてみたいのです」
 俺は、焦る気持ちを必死で引っ込め、にこやかに作り笑顔を返した。
「あなたは、どこまで知っているのですか ?」
「神の知っていることは、全て知っております」
 キングは、裏返しにしたカードを、二枚ずつ場に置いた。
「けれども、プレイヤーを選ぶのか、バンカーを選ぶのか。あなたがこれから選ぶ未来について、私は予想ができません。だから賭け事は面白い」
 バカラは、世界でもっとも楽しまれている賭け事である。ルールは簡単だ。プレイヤーとバンカーに裏返した二枚のトランプカードを置き、どちらのカードの合計が9に近いかを当てる。ただそれだけの二者択一ゲームだ。
 置かれてから選べるのだから、そこには運以外なにもない。まったく頭を使わずにできるところが、世界中の人々から愛されている理由だろう。SNSも、昔はブログなどが流行(はや)っていたが、今ではTikTokなどの十五秒動画が流行(はや)っている。人間は頭を使いたくない。結局、全ての動物は、そういう生き物だ。
 俺は、持っているチップの全てを、プレイヤー側に置いた。
「おや ? ゆっくりとゲームを楽しむのではなかったでしたっけ ?」
 もはや、バレているのならば、キングの言葉には耳を貸さない。
「俺が勝っても負けても、このチップはあなたに返そう。だが、その代わりに、勝ったら、俺の知りたい情報を全て教えてもらいたい」
 俺は、握り拳に力を込め、堂々とした態度で頼み込んだ。
「…いいでしょう」
 キングは微笑みながら、ゆっくりとバンカーの札を開けた。
 2。
 そして、5。
 合計は7だ。
「なかなか強い役が出てしまいましたね。あなたの番ですよ」
 俺は、プレイヤーのカードを一枚めくった。
 一枚目は6。
 ということは、次に出るカードが1なら引き分け。2、3ならば勝利となる。
 2か3 ! 出てくれ !!
 今の俺はPlayer(競技者)ではなくPrayer(祈る者)だ。
 カードをゆっくりとめくる。
 絵柄ではない。
 さらにめくる。
 6。
 下の位をとるので、合計は、2だ。
 ふぅ。
 俺は、一つ息を吐いた。
 プレイヤーは、二枚目までの合計で、0〜5が出た場合、もう一枚だけ引くことが出来る。
 一つ生き延びたというわけだ。
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