Ep.73 間違い (Une Petite Erreur)
文字数 1,743文字
『ル・ゾォ(動物園)』の動物たちは、ほとんどがジャックに狩りとられた。
だが、パジェスとレンドルフは、まだ生きている。生きて、必死で壁を触っては、隠し扉の位置を探している。
一時間も前に、動物たちは、『ブラック・ブラッディ・ボックス』という名のサバンナの地図を完成させていた。迷路のような各階の地図を作り、映像にも一枚一枚じっくりとおさめ、自分が失敗した後も成功の可能性が残るようにと、パジェスは確率を上げる種を蒔(ま)いていた。
もちろんパジェスのことだ。そこまでしていても、諦めるなんていう気持ちはサラサラ無い。
パジェスが映像と地図を見ながらジャックの来ない階に移動して時間を稼ぎ、レンドルフはその間に、地図を片手にテオに通じる隠し扉を捜索する。
テオがいる場所はどこなのか。ジャックに勝てる方法はあるのか。パジェスは必死で考えを巡らせている。
正確に動物たちに向かってくるところから、ジャックが何らかの追跡機能を持っていることは想像しているようだ。
だが、正解が見つからず、いつもより明らかに焦っている。
部屋を作れるようなスペースがある壁は全て探したが、テオの居場所は見つからない。ライオットの闘いの記録を見たが、ジャックに勝てるという可能性も、そこまで高くはなさそうだ。
パジェスは、レンドルフと何かを話した後、映像と地図をレンドルフに渡し、しゃがみこんで顎髭を触った。熟考する時の合図だ。おそらく、自分が映像を見てジャックの行方を追っていると、次の対策を考えることができないのだろう。
しばらく考えていたパジェスは、何かに気づいて立ち上がった。そして、レンドルフと共に階段に向かった。
階段の壁に向けて、しきりに手を大きく振りながら何かを話すパジェス。
真剣に聞くレンドルフ。
と、その時、パジェスはレンドルフの手もとを指さした。
映像だ。すぐ上の階の階段にジャックが迫っている。レンドルフはパジェスの話に夢中で、映像のチェックを忘れていたのだ。
レンドルフは慌てて、ひとつ下の階に逃げていった。
入って少し歩くと、レンドルフは違和感を感じたように立ち止まった。どうやら、行こうと思っていた階数と違ったようだ。二人は話をして、すぐにまた階段へ戻った。
が、その時にはもう遅い。
ジャックは、二人のいる階に到着してしまっていた。
通路は細いので、横をすり抜けられるほどの隙間はない。
二人は観念したようだ。攻撃体勢をとりながら後ずさった。
パジェスは愛用のナイフ、レンドルフは銀色のナイフを手にしている。
ジャックは二人を見ても焦らずに、ただ淡々と獲物に向かって歩き続けた。こちらもナイフを持っている。
少し下がった分かれ道で、二人はジャックを迎え撃つことにした。
同じ方向から二人で攻めても、道が狭いのであまり効果的ではない。
二方向から同時に攻める。
この戦法は正しい。
ただし、「戦う」という間違った選択肢を取らざるをえないならば、だ。
「あれ ? ジャックのコート、ライオットに破られた場所が直ってないか ?」
ウォーカーがめざとく見つける。確かにコートは最初のように新品だ。頬の腫れも全く無い。それどころか今気づいたが、あれだけ動物たちを血祭りに上げてきたというのに、血飛沫ひとつ残っていない。
「よくお気づきになられましたね。ジャックは、大体一時間ごとに元の自分に戻ります。もし核爆弾で木っ端微塵になったとしても、一時間後には元に戻ります」
「それじゃあ、本当に死なないのかよ」
「ええ。ジャックは永遠に、一時間を生き続けているのです」
「ということは、一時間前の記憶は無いの ?」
「おそらく、そうなのでしょう」
「おそらく ?」
「彼は、喋りませんので」
「あなた、神が知ってることを知ることができるんでしょ ? 喋らないと、相手の気持ちはわからないの ?」
「ええ。形になっていないことは、無いことと同じですから。いくら神とはいえ、無いことは知りません。だから歴史は面白い」
キングはやはり、どことなくこの場に即した緊張感を持っていない。歴史には興味を持っているが、人の死というものに興味がないのだ。
俺は気持ちの悪い空気に当てられながらも、パジェスたちの闘いを睨み続けた。
だが、パジェスとレンドルフは、まだ生きている。生きて、必死で壁を触っては、隠し扉の位置を探している。
一時間も前に、動物たちは、『ブラック・ブラッディ・ボックス』という名のサバンナの地図を完成させていた。迷路のような各階の地図を作り、映像にも一枚一枚じっくりとおさめ、自分が失敗した後も成功の可能性が残るようにと、パジェスは確率を上げる種を蒔(ま)いていた。
もちろんパジェスのことだ。そこまでしていても、諦めるなんていう気持ちはサラサラ無い。
パジェスが映像と地図を見ながらジャックの来ない階に移動して時間を稼ぎ、レンドルフはその間に、地図を片手にテオに通じる隠し扉を捜索する。
テオがいる場所はどこなのか。ジャックに勝てる方法はあるのか。パジェスは必死で考えを巡らせている。
正確に動物たちに向かってくるところから、ジャックが何らかの追跡機能を持っていることは想像しているようだ。
だが、正解が見つからず、いつもより明らかに焦っている。
部屋を作れるようなスペースがある壁は全て探したが、テオの居場所は見つからない。ライオットの闘いの記録を見たが、ジャックに勝てるという可能性も、そこまで高くはなさそうだ。
パジェスは、レンドルフと何かを話した後、映像と地図をレンドルフに渡し、しゃがみこんで顎髭を触った。熟考する時の合図だ。おそらく、自分が映像を見てジャックの行方を追っていると、次の対策を考えることができないのだろう。
しばらく考えていたパジェスは、何かに気づいて立ち上がった。そして、レンドルフと共に階段に向かった。
階段の壁に向けて、しきりに手を大きく振りながら何かを話すパジェス。
真剣に聞くレンドルフ。
と、その時、パジェスはレンドルフの手もとを指さした。
映像だ。すぐ上の階の階段にジャックが迫っている。レンドルフはパジェスの話に夢中で、映像のチェックを忘れていたのだ。
レンドルフは慌てて、ひとつ下の階に逃げていった。
入って少し歩くと、レンドルフは違和感を感じたように立ち止まった。どうやら、行こうと思っていた階数と違ったようだ。二人は話をして、すぐにまた階段へ戻った。
が、その時にはもう遅い。
ジャックは、二人のいる階に到着してしまっていた。
通路は細いので、横をすり抜けられるほどの隙間はない。
二人は観念したようだ。攻撃体勢をとりながら後ずさった。
パジェスは愛用のナイフ、レンドルフは銀色のナイフを手にしている。
ジャックは二人を見ても焦らずに、ただ淡々と獲物に向かって歩き続けた。こちらもナイフを持っている。
少し下がった分かれ道で、二人はジャックを迎え撃つことにした。
同じ方向から二人で攻めても、道が狭いのであまり効果的ではない。
二方向から同時に攻める。
この戦法は正しい。
ただし、「戦う」という間違った選択肢を取らざるをえないならば、だ。
「あれ ? ジャックのコート、ライオットに破られた場所が直ってないか ?」
ウォーカーがめざとく見つける。確かにコートは最初のように新品だ。頬の腫れも全く無い。それどころか今気づいたが、あれだけ動物たちを血祭りに上げてきたというのに、血飛沫ひとつ残っていない。
「よくお気づきになられましたね。ジャックは、大体一時間ごとに元の自分に戻ります。もし核爆弾で木っ端微塵になったとしても、一時間後には元に戻ります」
「それじゃあ、本当に死なないのかよ」
「ええ。ジャックは永遠に、一時間を生き続けているのです」
「ということは、一時間前の記憶は無いの ?」
「おそらく、そうなのでしょう」
「おそらく ?」
「彼は、喋りませんので」
「あなた、神が知ってることを知ることができるんでしょ ? 喋らないと、相手の気持ちはわからないの ?」
「ええ。形になっていないことは、無いことと同じですから。いくら神とはいえ、無いことは知りません。だから歴史は面白い」
キングはやはり、どことなくこの場に即した緊張感を持っていない。歴史には興味を持っているが、人の死というものに興味がないのだ。
俺は気持ちの悪い空気に当てられながらも、パジェスたちの闘いを睨み続けた。