Ep.30 会議1 (Réunion)

文字数 4,031文字

 八月十日。呼び鈴を押されたので出ていくと、家の前にベンツが止まっている。運転手も今までとは違う。一言でいうと、俺の部下とは違い、凄く品がある男だ。制服を着て、手袋までしている。
 ニタルトは、午前中からホテルで仕事をしているので、もちろん今はいない。ホテルでも、シーツを替えたり洗濯をする係は人前に出ないので、会うことはないだろう。
 俺はベンツに乗り込み、待ち合わせ場所のサロン・ラモーまで案内された。

 部屋の場所はすぐにわかった。警備が厳重だからだ。
 部屋に入ると、テレビドラマで見るような、豪華な長方形の長机が置いてある。全部で三十人くらいが座れそうで、誕生日席のようにして、奥には椅子が三脚並んでいる。集合時間より十分以上早いが、すでに半分以上の人が座っている。誰一人として声を出さない。俺が入室しても、こちらを見向きもしない。それぞれが新聞や資料を読んだり、パソコンをいじったりしている。
「コック(ニワトリ)はこちらです」
 案内された席は、席順でいうと真ん中くらいだ。ウォーカーだけでなく、パジェスもレンドルフもいない。だが、一緒に仕事をしたことはほとんどないが、顔合わせだけは何度かした人もいる。それから、『ル・ゾォ』の中枢を担う幹部である、リオン(ライオン)、グロス・カニッシュ(ビッグプードル)、シオンハージ(狂犬)もいる。こんなに幹部が勢揃いしている会議に、俺は参加したことがない。

 五分前には、同じ『レ・テネーブル・ド・モンマルトル(モンマルトルの闇)』に所属している、バレンヌ(クジラ)のゲラルハや、ルポーン(孔雀)のエリザベータの姿が見えた。が、二人とも緊張しているように見える。
 結局、ウォーカーもパジェスも来ないまま、時間になってしまった。

 ウォーカーはともかく、来いと誘ってきたパジェスが来ないとは、おかしな話だ。 「シャモー(フタコブラクダ)が来ます」
 幹部たちは全員、やっていたことを止め、姿勢を正した。
 すぐに扉が開き、警備に守られて、男が入ってきた。
 まず先頭は、髪の薄い、背の低い老人。シェーヴル(ヤギ)だ。杖をついている。車椅子に座っている姿は見たことがあるが、スーツ姿で歩いていると、ただの老人には見えない。
 次に来た大男が、シャモー(フタコブラクダ)。ウンバロール。組織『ル・ゾォ』のボスだ。こちらも、『セックスショップピスケス』で会う好々爺(こうこうや)な雰囲気とは違い、人を殺しまくって勝ち上がってきたかのような、誰よりも強いという巨大な威厳を備えている。
 最後に入ってきたのは、パジェスだ。相変わらず俳優のようにカッコいい。パジェスが警備の男に何か指示すると、警備はうなづいて扉を閉めた。
 三人は、入ってきた順に誕生日席に座る。
 幹部たちは、みんな緊張しているようだ。

 静寂。

 ウンバロールは、深めの椅子に腰をかけ、大きな体を埋め込むと、満足そうな顔で、一言、つぶやいた。
「今日は、いい天気だな」
「はい !」
 幹部は一斉に返事をする。きっとウンバロールに「鳩が赤い」と言われたら、「赤い」と答えるだろう。
 俺は、ウンバロールについてきて、失敗したことが今まで一度もない。ウンバロールのことを、本当に神様だと思っている。他の幹部と同じように、ウンバロールのいうことなら、なんでも「はい」と答える覚悟はできている。
 けれども同時に、ウンバロールは、「鳩が赤い」なんていう非常識なことを言わない人間だということも、また強く信用している。
「うん。いい返事だ。君たちとまた、こうして健康なままで出会えて、私はとっても嬉しいよ」
「はい ! 俺たちもです !!
 自分も含め、幹部は全員が嬉しそうな顔で返事をする。
「さて、このように幹部が一堂に会するような会議は、君たちも経験したことがないだろう。なぜ集められたのか分かるかい ? 非常に気になっているみたいだね。そこで、すぐに本題に入ろう」
 ウンバロールは、幹部たち一人一人の顔を見回した。
「君たちも知っているかね ? ここにいるオルカや、そこで座っているコック、ああ、そこの赤髪の若者だ。彼らが最近、大活躍していることを。オルクは『闇』、そしてコックは『光』で。話題を聞かない日はないほどだ」
「ありがとうございます」
 パジェスがお礼を言うのに合わせて、俺も間抜けな感じでお辞儀をした。
「はっはっは。いい、いい。実は私も、君たちの活躍を見ているうちに、もう一度、私の可能性を試してみたくなった。今日は、その話をしたいのだ」
「はい」
 もちろん、肯定以外の言葉なんてあろうはずがない。けれども、これだけ組織を大きくしたウンバロールが、これ以上、どんな可能性を試そうというのだろう。『ル・ゾォ』は今や、フランスの裏社会を統一できるだけの戦力を整えた。組織が本気を出せば、ウンバロールをフランス大統領にすることだって可能だ。俺は、ウンバロールが次に発する言葉を待った。
「君たちは、『ドーラ会』という組織を知っているかい ?」
「はい !」
 幹部は全員、返事をした。俺も無知とはいえ、情報部のエリザベータと仲がいいので、話だけは聞いたことがある。
 『ドーラ会』。ロシアの組織。マルネラ・ドラコフスキーという傑物が創生した、裏社会でダントツに有名な泥棒組織だ。犯罪組織ではなく、泥棒組織だというところが変わっているが、裏社会に詳しい者なら、知らない人間はいない。
 フランスから出たことがないセロにとって、ウンバロールの組織『ル・ゾォ』は、今では、とてつもなく大きな組織へと成長した。だが、それでもパリやリヨンやマルセイユのような大都市で一番の組織であるにすぎず、まだフランスですら統一できていない。けれども『ドーラ会』は、世界を舞台に活躍している組織なのだ。『ドーラ会』に所属している組織のアジトにも何回か潜入をしたことがある。
「先日、その『ドーラ会』から手紙が来た。内容は、ランキングに入ったという報告だ」
 ウンバロールは、一通の封筒を机の上に置いた。
 ドーラ会ランキング。ドーラ会が独自の情報網により集計した、信用のおける泥棒のランキング。「依頼を受けた数」、「成功率」、「難易度」、「高価値度」、「日数」、「費用」、「クリーン性」の総合評価で毎月発表されるこのランキングは、裏社会にたいして強い影響力を及ぼす。
 仕事の発注も、ランクに入っているかどうかでかなり違うらしい。
「私たち『ル・ゾォ』は、世界ランク九十三位だそうだ」
 ウンバロールは楽しそうに笑った。
「まさかこの私が、もうすぐ五十になるこの年齢で、他人に評価をされるとはな」
 ウンバロールは真面目な顔に戻った。
「そして、私は感じたのだ。いいか。みんな。驚いたことに私は、この、年をとり、分別もついた私が、他人に評価されて、自分の中に、若き血潮が流れ出すのを感じたのだ」 
 ウンバロールの目は真剣そのものだった。
「この私が、だ」
 ウンバロールは、再度繰り返した。次に何を言うのか、幹部たちは言葉を待つ。何人かの喉が鳴る音が聞こえる。
「そして、だ。私は、年甲斐もなく、もう一度、はしゃぎたいと思ってしまったのだ。そう。組織の世界第一位の称号。それが欲しいと思ってしまったのだ」
 幹部たちは、周りと話こそしなかったが、それぞれの顔色を伺って色めき合っている。
「私は、手紙が来た後で、相談役のシェーヴル(ヤギ)と参謀のオルクと共に、可能性について話し合った。充実している二十人を超える幹部たちの溢れる才能。オルク率いる『闇』と、コック率いる『光』の充実度。私たちにとって、この街は狭すぎる。そして、私たちが世界を取れる可能性は、十分にあり得るとみた」
「しかし…」
「なんだ」
 武闘派で有名な古参のリオン(ライオン)が、大きな体を窮屈そうにして発言する。
「俺たちは泥棒組織ではない。俺のような暴力班はどうすればいいのだ ?」
「ふむ」
 ウンバロールは落ち着いて、顎(あご)に生えている短い髭(ひげ)をゆっくりと触った。
「そういう質問を待っていたぞ」
 リオンは強面に似合わず、またたびを嗅いだ猫のようにホッとした顔をする。
「そう。リオンの言うとおり、私たちは泥棒組織ではない。秩序ある悪を目標とする犯罪組織だ。それは、これからも変わらない。世界一位の泥棒組織を目指すことは、私たちの最終目的ではない。ではなぜ、ドーラ会ランキングに挑戦しようと言うのか」
 ウンバロールは机に両腕を置き、身を乗り出した。
「泥棒としてのランキングを上げるとは、信用を勝ち取るということだ。信用が増えれば、力を持った人間たちが接触してくる。彼らの依頼を常に叶え続ければ、権力者も私たちと仲良くなりたがる。世界の権力者と仲が良くなれば、入れない国にも入ることができるようになり、正攻法では行きづらい国にも根を生やすことができる。これは、今のままの『ル・ゾォ』では出来ないことだ。つまり」
 ウンバロールはゆっくりと立ち上がった。
「そう。私たちは、フランスを飛び立つ。今日からは、フランスの裏社会の統一を目標とするのではない。ドーラ会ランキング一位を手土産に、世界の裏社会を統一することを目標とするっっ !」
 静かな会議室の中が、冷房がきいているというのに熱い。幹部たちからは、湯気が上がっている。興奮しているのだろう。震えているものもいる。
 ウンバロールは、幹部たちを見回しながら、ゆっくりと続けた。
「百パーセントの勝算は無い。だが、百パーセント勝てない戦などしない。巨大なものに挑み続け、そして、みんなと共に絶対に勝つ。私が」
 世界が止まった。そして、再び世界を動かす男もやはりこの男。
「ウンバロールだ」
 感情が一気に爆発した。
「ついていきます !」
「やってやりましょう !」
「俺たちが世界をとりましょう !」
 幹部たちは一斉に立ち上がり、一斉に大きな拍手を送った。
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