Ep.11 先へ (L’etape Suivante)
文字数 1,175文字
大柄な警官が去り、ピャルーと二人きりになった俺は、話しかけられるまでずっと放心状態だった。
「なあ、プゥサン(ヒヨコ)」
ピャルーに声をかけられ、俺は現実に帰ってきた。
「こうしてお前を警官に紹介した理由がわかるか ?」
俺は首を振った。頭の中は真っ白だ。ただ首を振るしかなかった。
「プゥサンよ。お前は育ち過ぎた。もう俺の手には負えん。お前は今日から、俺の元を卒業する。そして、新しい組織に入るんだ」
「新しい組織、ですか」
「そうだ。大空に羽ばたくための次のステップだ」
「次のステップ、ですか」
俺は鸚鵡(おうむ)返しにしか答えられなかった。自分がピャルーの言いつけを守らなかったせいで、今のような状態になっていることを激しく後悔した。
正直、俺はピャルーと過ごすこの毎日が気に入っている。人間はある程度満足のできる環境に慣れると、他の環境にいきたくなくなる動物だ。俺は「空を飛びたい」という気持ちを忘れかけていた。現実の充足感に、一瞬答えを逡巡(しゅんじゅん)した。
「プゥサンよ。俺も悲しい。だが、俺がお前のためにならないことを言ったことがあったか ?」
ピャルーは俺を見上げて優しく微笑む。もう今ではかなりの身長差だ。
俺は再び首を振った。
ない。ピャルーが自分のためにならないことを言ったことなど、一度たりともない。
だからこそ俺はピャルーを信頼し、自分でも気がつかないうちに甘えていたのだ。
セロはまだ子供であり、甘えたい年頃でもあった。ピャルーの元を卒業するということは、ピャルーと別れなくてはならないということでもあった。
俺はピャルーをじっと見下ろした。冷酷で無表情な顔。しかし鋭い目の奥には、濁った湖のように優しい水色をたたえていた。ピャルーは、皺だらけの目尻を平行にして問いかけてくる。
今のままの甘えた下っ端の生活を送るのか。それとも、さらに大きく羽ばたくために今の生活を捨てるのか。
愛情のある場所で、愛しい仲間たちに囲まれて今を過ごすのは楽しい。だが、これは、自分が常に空高く飛び立とうとしていたからこそ得られたものである。ここで満足だと言ってしまったら、その時点で、これらすべての幸福は夢であったかのようにかき消えてしまう。一度、弱肉強食の世界に入り込んでしまったら、立ち止まることはできない。答えなんて一つしかないのだ。それにどちらにせよ……
「ありがとうございます」
俺は、今までの感謝の意も込めて頭を深々と下げた。ピャルーの言うことに逆らうことなどできなかった。
「うん。それではついてこい」
俺の前を歩いていたので表情は見えなかったが、ピャルーの声は寂しげで、小さな双肩は震えているように感じた。
これがピャルーについていく最後になるのかもしれない。
俺はピャルーの通る道を、どこか伏しおがむような心持ちで後を追っていった。
「なあ、プゥサン(ヒヨコ)」
ピャルーに声をかけられ、俺は現実に帰ってきた。
「こうしてお前を警官に紹介した理由がわかるか ?」
俺は首を振った。頭の中は真っ白だ。ただ首を振るしかなかった。
「プゥサンよ。お前は育ち過ぎた。もう俺の手には負えん。お前は今日から、俺の元を卒業する。そして、新しい組織に入るんだ」
「新しい組織、ですか」
「そうだ。大空に羽ばたくための次のステップだ」
「次のステップ、ですか」
俺は鸚鵡(おうむ)返しにしか答えられなかった。自分がピャルーの言いつけを守らなかったせいで、今のような状態になっていることを激しく後悔した。
正直、俺はピャルーと過ごすこの毎日が気に入っている。人間はある程度満足のできる環境に慣れると、他の環境にいきたくなくなる動物だ。俺は「空を飛びたい」という気持ちを忘れかけていた。現実の充足感に、一瞬答えを逡巡(しゅんじゅん)した。
「プゥサンよ。俺も悲しい。だが、俺がお前のためにならないことを言ったことがあったか ?」
ピャルーは俺を見上げて優しく微笑む。もう今ではかなりの身長差だ。
俺は再び首を振った。
ない。ピャルーが自分のためにならないことを言ったことなど、一度たりともない。
だからこそ俺はピャルーを信頼し、自分でも気がつかないうちに甘えていたのだ。
セロはまだ子供であり、甘えたい年頃でもあった。ピャルーの元を卒業するということは、ピャルーと別れなくてはならないということでもあった。
俺はピャルーをじっと見下ろした。冷酷で無表情な顔。しかし鋭い目の奥には、濁った湖のように優しい水色をたたえていた。ピャルーは、皺だらけの目尻を平行にして問いかけてくる。
今のままの甘えた下っ端の生活を送るのか。それとも、さらに大きく羽ばたくために今の生活を捨てるのか。
愛情のある場所で、愛しい仲間たちに囲まれて今を過ごすのは楽しい。だが、これは、自分が常に空高く飛び立とうとしていたからこそ得られたものである。ここで満足だと言ってしまったら、その時点で、これらすべての幸福は夢であったかのようにかき消えてしまう。一度、弱肉強食の世界に入り込んでしまったら、立ち止まることはできない。答えなんて一つしかないのだ。それにどちらにせよ……
「ありがとうございます」
俺は、今までの感謝の意も込めて頭を深々と下げた。ピャルーの言うことに逆らうことなどできなかった。
「うん。それではついてこい」
俺の前を歩いていたので表情は見えなかったが、ピャルーの声は寂しげで、小さな双肩は震えているように感じた。
これがピャルーについていく最後になるのかもしれない。
俺はピャルーの通る道を、どこか伏しおがむような心持ちで後を追っていった。