Ep.82 天上人 (The 0)
文字数 2,184文字
隠された部屋の壁は黒くない。逆に、全ての面が薄ぼんやりと光り輝いていた。
こいつがテオ。
現状の元凶。『ル・ゾォ(動物園)』最悪の災厄。
車椅子に座っている老人は目を伏せている。まるで死んでいるかのようだ。
身長は俺と同じくらい。痩せこけてシワだらけだ。首筋なんて指一本で折ることができそうなほど細い。
俺は、この落ち着いた老人を前にして、なぜか色々と話がしたいという気持ちに襲われた。だが、少しでも早くこの老人のピアスを自分がつけなければ、ジャックは『レ・ジュモン(悪魔チーム)』に攻撃をし続ける。仲間が傷つくかもしれない時に話をしている時間はない。
俺は警戒しながらゆっくり近づいた。かろうじて生きてはいるようだが、両手は膝の上に置かれていて何も持っていないし、寄ったところで反撃してきそうな気配もない。パジェスの仇はエリザベータにとらせてやりたいと思っていたので、殺さずに無力化できそうなことを神に感謝した。
テオの耳に手をやり、ピアスを外す。
もう片方。
テオはまったく動かない。
俺は両方のピアスを手に取り、自分の耳につける。
つけ終わった瞬間、テオは力無く微笑んで、首の力がカクリと抜けたような気がした。
一方、俺の脳は大混乱だ。今まで入ったことのない量の情報が、一度に洪水のように襲いかかってくる。
流されるな。
まずはジャックの動きを止めるのだ。
俺は情報の海の中からジャックを見つけ出した。
ジャックの視点が見える。
『レ・ジュモン』は頑張っていたが、ゲラルハはすでに奥の壁にもたれかかって気絶しており、エリザベータも『ソウルイーター(魂喰らい)』の銃を撃ったようで、体力が尽きて前のめりに倒れている。残るウォーカーも、俺の目の前で息切れした肩を激しく上下させて闘っている。
止まれ。
止まるんだ。ジャック。
ジャックは、俺の指示通りに動きをやめた。
頭が痛い。
知恵熱か。
俺は頭痛に耐え、車椅子で倒れている老人を抱え上げた。
軽い。
抜け殻のようだ。
もうこの世の全てのことはわかっている。
『ブラック・ブラッディ・ボックス』の使い方だって手に取るようだ。
俺は老人を担いだまま、エレベーターの要領で下の階へと降りていった。
地上への降臨。
動かないジャックと、疲労困憊した三人の仲間。
それでも三人は、俺の姿を見て、最高の笑顔になってくれた。
パチ。
パチ。
パチ。
ゆっくりとした拍手の音。
これは三人ではない。
キングだ。
俺は神になっているので、彼がここに向かってきていることがわかっていた。
「おめでとうございます。これであなたは次世代の神、ゼロ・ザ・キング・オブ・バーズとなりました。あなたにおつかえしましょう」
キングはうやうやしくお辞儀をし、ジャックと共に俺の後ろに立った。
「みんな。ウンバロールの治療法がわかったぞ。アメリカ、デューク大学脳神経外科教授のフクシマという医者のところに行ってくれ。また話ができるようになる」
「おお」
「本当か ?」
みんなの目は期待と輝きに満ちている。だが、なぜか俺は興奮をしていない。
「それと、この女がテオ。俺たち『ル・ゾォ』の仇だ。エリザベータ。お前に仇をとらせたいが…どうする ?」
これがポジショントークとでもいうのだろうか。ここに来るまではあんなに憎い相手であったのに、自分が神になった今、前まで神だったこの老人に対して敬意を抱いている自分がいる。
「彼女が…」
エリザベータは老女の顔に手を置いた。握り潰そうと思えばエリザベータの細腕でも簡単に握り潰せる。だが同時に、手を置いたことで、もはや呼吸もしていないただの屍(しかばね)だということに気がついた。
彼女は一つため息をついて顔を上げた。
晴れ晴れとした顔だ。
俺はうなづいた。
「この姿の写真を撮れ」
俺はエリザベータに命じた。
「俺たち『ル・ゾォ』が報復を成功させたことがはっきりとわかるだろう」
三人は、「なるほど」という顔をした。エリザベータが写真を撮る。
「あとは後始末だな。ウンバロールが動けるようになったら、『ル・ゾォ』と『ザ・クリエイター』は手を結ぼう。契約関係の諸々(もろもろ)はキングに任せる」
「了解いたしましてございます」
「セロ。お前はどうするんだ ?」
ウォーカーがたずねる。
さっきから頭痛がひどい。
耳鳴りもする。
「俺はキングと約束していたんだ。手を借りる代わりに『ザ・クリエイター』のボスになる、と」
「ニタルトはどうするんだ ?」
「もう俺は現世に戻れない。神に人間の幸福は与えられない」
「何言ってんだ ? しっかりしろよ ! あれだけ愛してたニタルトだろ ? あいつはまだ、お前の帰りを待ってるぞ !」
もう、ウォーカーが俺の肩を揺すっている感覚もない。
「ああ。前にも言ったよな。後を頼むと。彼女を幸せにしてやれるのはお前しかいない。ウォーカー。親友の最後の頼みだ。ここは大人しく聞いてくれ。後の『ル・ゾォ』との有象無象はキングを介してくれ」
俺は後ろを向き、たった今作った黒い階段を昇っていった。ジャックが後をついてくる。
もう振り返らない。
振り返らなくても全てがわかる。
この世のことを全て知っている。
この世の全てが自分だ。
こうなると身体も面倒臭い。
俺は先程までテオが座っていた車椅子に腰をおろした。
こいつがテオ。
現状の元凶。『ル・ゾォ(動物園)』最悪の災厄。
車椅子に座っている老人は目を伏せている。まるで死んでいるかのようだ。
身長は俺と同じくらい。痩せこけてシワだらけだ。首筋なんて指一本で折ることができそうなほど細い。
俺は、この落ち着いた老人を前にして、なぜか色々と話がしたいという気持ちに襲われた。だが、少しでも早くこの老人のピアスを自分がつけなければ、ジャックは『レ・ジュモン(悪魔チーム)』に攻撃をし続ける。仲間が傷つくかもしれない時に話をしている時間はない。
俺は警戒しながらゆっくり近づいた。かろうじて生きてはいるようだが、両手は膝の上に置かれていて何も持っていないし、寄ったところで反撃してきそうな気配もない。パジェスの仇はエリザベータにとらせてやりたいと思っていたので、殺さずに無力化できそうなことを神に感謝した。
テオの耳に手をやり、ピアスを外す。
もう片方。
テオはまったく動かない。
俺は両方のピアスを手に取り、自分の耳につける。
つけ終わった瞬間、テオは力無く微笑んで、首の力がカクリと抜けたような気がした。
一方、俺の脳は大混乱だ。今まで入ったことのない量の情報が、一度に洪水のように襲いかかってくる。
流されるな。
まずはジャックの動きを止めるのだ。
俺は情報の海の中からジャックを見つけ出した。
ジャックの視点が見える。
『レ・ジュモン』は頑張っていたが、ゲラルハはすでに奥の壁にもたれかかって気絶しており、エリザベータも『ソウルイーター(魂喰らい)』の銃を撃ったようで、体力が尽きて前のめりに倒れている。残るウォーカーも、俺の目の前で息切れした肩を激しく上下させて闘っている。
止まれ。
止まるんだ。ジャック。
ジャックは、俺の指示通りに動きをやめた。
頭が痛い。
知恵熱か。
俺は頭痛に耐え、車椅子で倒れている老人を抱え上げた。
軽い。
抜け殻のようだ。
もうこの世の全てのことはわかっている。
『ブラック・ブラッディ・ボックス』の使い方だって手に取るようだ。
俺は老人を担いだまま、エレベーターの要領で下の階へと降りていった。
地上への降臨。
動かないジャックと、疲労困憊した三人の仲間。
それでも三人は、俺の姿を見て、最高の笑顔になってくれた。
パチ。
パチ。
パチ。
ゆっくりとした拍手の音。
これは三人ではない。
キングだ。
俺は神になっているので、彼がここに向かってきていることがわかっていた。
「おめでとうございます。これであなたは次世代の神、ゼロ・ザ・キング・オブ・バーズとなりました。あなたにおつかえしましょう」
キングはうやうやしくお辞儀をし、ジャックと共に俺の後ろに立った。
「みんな。ウンバロールの治療法がわかったぞ。アメリカ、デューク大学脳神経外科教授のフクシマという医者のところに行ってくれ。また話ができるようになる」
「おお」
「本当か ?」
みんなの目は期待と輝きに満ちている。だが、なぜか俺は興奮をしていない。
「それと、この女がテオ。俺たち『ル・ゾォ』の仇だ。エリザベータ。お前に仇をとらせたいが…どうする ?」
これがポジショントークとでもいうのだろうか。ここに来るまではあんなに憎い相手であったのに、自分が神になった今、前まで神だったこの老人に対して敬意を抱いている自分がいる。
「彼女が…」
エリザベータは老女の顔に手を置いた。握り潰そうと思えばエリザベータの細腕でも簡単に握り潰せる。だが同時に、手を置いたことで、もはや呼吸もしていないただの屍(しかばね)だということに気がついた。
彼女は一つため息をついて顔を上げた。
晴れ晴れとした顔だ。
俺はうなづいた。
「この姿の写真を撮れ」
俺はエリザベータに命じた。
「俺たち『ル・ゾォ』が報復を成功させたことがはっきりとわかるだろう」
三人は、「なるほど」という顔をした。エリザベータが写真を撮る。
「あとは後始末だな。ウンバロールが動けるようになったら、『ル・ゾォ』と『ザ・クリエイター』は手を結ぼう。契約関係の諸々(もろもろ)はキングに任せる」
「了解いたしましてございます」
「セロ。お前はどうするんだ ?」
ウォーカーがたずねる。
さっきから頭痛がひどい。
耳鳴りもする。
「俺はキングと約束していたんだ。手を借りる代わりに『ザ・クリエイター』のボスになる、と」
「ニタルトはどうするんだ ?」
「もう俺は現世に戻れない。神に人間の幸福は与えられない」
「何言ってんだ ? しっかりしろよ ! あれだけ愛してたニタルトだろ ? あいつはまだ、お前の帰りを待ってるぞ !」
もう、ウォーカーが俺の肩を揺すっている感覚もない。
「ああ。前にも言ったよな。後を頼むと。彼女を幸せにしてやれるのはお前しかいない。ウォーカー。親友の最後の頼みだ。ここは大人しく聞いてくれ。後の『ル・ゾォ』との有象無象はキングを介してくれ」
俺は後ろを向き、たった今作った黒い階段を昇っていった。ジャックが後をついてくる。
もう振り返らない。
振り返らなくても全てがわかる。
この世のことを全て知っている。
この世の全てが自分だ。
こうなると身体も面倒臭い。
俺は先程までテオが座っていた車椅子に腰をおろした。