Ep.67 虎穴に入らずんば虎子を得ず

文字数 1,196文字

「私はね」
 キングは散歩をするように部屋の中を歩く。
「ミスター・セロ。あなたを気に入ってしまいました」
 目を合わさずに、そのまま歩き続ける。
「もしあなたがこの世界の神になるというのなら、私はあなたに、『ザ・クリエイター』のボスになる方法を教えましょう。あなたにその覚悟はおありですか ?」
 この世界の神 ? つまり、世界で一番高いところ、という訳か ? 願ってもない。
「ある !」
 俺は反射的に答えていた。
 キングは満面の笑みで振り向く。
「よくぞ言ってくれました。それでは私は、これからあなたの味方につきましょう」
 俺は、キングのあまりにもあっさりとした裏切りに、少し薄気味悪さを感じた。
「今のボスに対しての忠誠はないのですか ?」
 キングははっきりと答えた。
「ありません。私は好奇心で動きます。今の年老いたボスよりも、若くて青臭いあなたに興味をそそられます」
「それは…」
 俺は唾を飲み込んだ。
「俺の元についても、忠誠心があるというわけではないのか ?」
「ええ。そうですね」
 キングは、またあっさりと、爽(さわ)やかにそう言ってのけた。
「ただ、裏切りはいたしません」
「どういうことだ ?」
「んー。言葉にするのは難しいのです」
 言いながら、キングはアゴ髭に手を当てて考えた。
「そうですねぇ。今のボスは、もう歳を取りすぎました。この世界に倦(う)んでいるのです。いや。この言い方だと…」
 キングは言葉を選んでいるように見えたが、そうではないと俺は確信した。
 普通の人間は、「言葉」でモノを考える。だがキングは、「現実には無い感覚」でモノを考えているような気がする。つまり、「人間の知らない感覚を、どう言葉に変換すれば良いのか」に迷っているようなのだ。案外この世界に倦んでいるのは、ボスではなく、この男なのかもしれない。
 俺はキングの底恐ろしさを感じた。
 キングは少し迷っていたが、吹っ切れたように笑顔を上げた。
「ま、難しいことはいいじゃないですか。あなたは仇をとれる。私はあなたのことが気に入っている。お互いにとってこの取引は利益になります。ちなみに私は、ボスの座や権力には一切興味がございません。この世界や人間に興味を持っている。ただそれだけです。価値観の違い。このことだけは覚えておいてください。でないと信用してもらえませんからね」
 確かにキングの提案を聞き入れない限り、仇討ちや『ザ・クリエイター』のボスの座を奪うことは難しそうだ。
 お互いにとって得ならば、か。
 俺はキングを見た。整った顔に、二つの水晶玉のような目がハマっている。
 この水晶玉には、俺のどんな未来が映し出されるのだろうか。
 だが、どんな未来にせよ、俺はすでに決意しているのだ。
 仇をとるためなら、神にでも悪魔にでも魂を売ろうという決意を。
「…わかった。よろしく頼む」
 キングと交わした握手は、予想に反してやけに温かかった。
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