Ep.78  顔合わせ (Face-à-Face)

文字数 1,673文字

 俺は、エリザベータ、ゲラルハ、ウォーカーと共に、『ブラック・ブラッディ・ボックス』に足を踏み入れた。『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』の中にもいきたいと志願する者たちがいたが、俺たち以外は邪魔になってしまうので断ったのだ。
 入った瞬間、冷たい嫌な空気を感じる。
 世界から完全に隔絶された感覚。
 ここでパジェスやレンドルフは殺されたんだな…。
 周りを見る。
 完全な黒一色の世界だが、全ての壁が朝焼け程度に光っている。光の質は蛍光灯のそれだ。全てが暗いので遠近感がうまく掴めない。
 通路は、普通の人が二人、ゆったりと通れる広さだ。高さは三メートルくらい。息苦しくはない。
「さっそく移動してきたわ。ジャックは今、七階ね」
 環境に慣れる時間もない。早速、ジャックが降りてきた。
 俺たちがジャックと出会う時は、必ず、一階、五階、十階、十三階のどこかでなくてはならない。他の階で出会うと、全ての通路が行き止まりになっているので、必ずジャックと戦う必要に迫られるからだ。
 映像を見た感じだが、パジェスたちも、レンドルフが十階と九階を間違えて進んでしまったがゆえに、ジャックと戦わなければならなくなっていた。袋小路でジャックと戦うというのは、かなりキツいだろう。
 俺たちは、ジャックが降りてくる前に五階まで行こうか、とも考えたが、一階で待ち構えることにした。待つ間、エリザベータの指示で、ゲラルハとウォーカーがカメラを仕掛ける。回ることのできる通路でしか戦わないと決めているので、ここに仕掛けておけば戦いの行方がわかるからだ。
 ジャックは体が大きいだけあって歩幅も長いとはいえ、走ることはない。
 悪魔が階段を降りてくる。
 その時間を待つのは、とても長く感じた。
 俺たちは、『レ・ジュモン(悪魔チーム)』として神に戦いを挑みにきているのに、心の中ではジャックのことを悪魔だと思っている。人間は、自分の敵を悪魔、自分の味方を天使という。ただそれだけのことなんだろう。
「今は二階に着いたわ」
 なんだか今日は達観している。恐怖を感じるはずだが落ち着いている。全て準備を整えてきたからだろうか。悪くはない。
 階段を降りてくる重い足音が聞こえる。
「もうすぐよ」
 言われてすぐに、階段の影から大男が姿をあらわした。
 なるほど。
 大きい。
 コートをまとい、昔のイギリス貴族のような格好をした大男。身長は二メートルを優に超えている。手足が長く、天井にも簡単に手が届きそうだ。一見、細身に見えるが、通路に立ってみると、横から抜けられるような隙間はない。行き止まりに追い詰められたら逃げることはできなさそうだ。
 俺たちは一度、回ることができる通路まで後退した。作戦通り、ここでジャックを迎え撃つ。
 少しずつ移動しながらジャックを誘導し、ようやくじっくりとジャックと正対する。
 顔を見る。
 と、同時に、俺の心の中には、とんでもない感情が膨らみ上がってきた。
「う、う、う、うぉぉぉぉぉぉ !!
 先程までの達観はどこへいったのか、俺は気づくと、ナイフを片手にジャックに向かって突撃していた。人間というものは本当に訳がわからない。
 俺のナイフを、ジャックは腕で受け止めた。
 もちろん無傷。
 そして、もう片方の手にはナイフを出している。
 やばい。射程距離圏内だ。
 ジャックの一撃は全てを破壊する。
 俺は無駄な死を覚悟した。
 と、後ろから服を引っ張られる。
 先程までいた場所に鋭い斬撃が走った。
 若さと怒りという名の俺の残像が切り裂かれている。
 俺は後方に二回転がり、エリザベータを押さえているゲラルハに受け止められた。
 ジャックの目の前にはウォーカーが立っている。
 ウォーカーは振り返らずに言った。
「ここは、僕とパレンケ(クジラ)に任せて ! ジズ(鳥の王)は、ル・ポーン(孔雀)と上へ !」
「わかった !」
 言うや否や、俺はエリザベータの手を引っ張り、階段に向かって走った。
 ありがとう相棒。おかげで冷静になれたよ。
「さーて、こっからが本番だな」
 ゲラルハの声が後ろから聞こえてきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み