Ep.61 ザ・リッツ・クラブ (The Ritz Club)

文字数 1,860文字

 エリザベータの調査で分かったことだが、『ベッサル(器)』の信者には、たくさんの貴族や政財界の名士が名を連(つら)ねていた。『レ・フレール・デュ・マル(悪の華)』が総出で彼らの身辺を探ると、一人の男が捜査線上に浮かび上がって来た。
 その男の名は、クリスピアン・グロブナー。
 ロンドン四大貴族。俺が『ザ・ファースト・エッグ(始まりの卵)』を持ち出した、あの大豪邸を所有する一族だ。
 もちろん、グロブナー家については以前から調べていた。
 だが、まさか分家の八男が、この事件に深く関わっているとは、思いもよらなかった。
 決定的だったのは、彼が『ブラック・ブラッディ・ボックス』に入ったことだ。

 俺たちは、彼が入っていく映像を見て、唸(うな)り声を上げた。
 確かに、彼は、『ブラック・ブラッディ・ボックス』の中に消えていった。だが、開け方はわからない。
 監視カメラには、彼が『ブラック・ブラッディ・ボックス』に触れてからの映像が、いっさい映っていなかったからだ。見たままを言うと、彼は、何かを呟き、『ブラック・ブラッディ・ボックス』を触ったと同時に消えたのだ。そして、一時間ほどでまた現れた。
「なぜ映っていないのかはわからない。だが、間違いないな。こいつは、B3に入った」
 俺たちは、彼こそが事件の鍵を握っている、と確信した。だが、再び彼がやってくるまで見張りをし続けるわけにもいかない。『ブラック・ブラッディ・ボックス』の監視を続けて一ヶ月も経って、初めてここに訪れたのだ。次にいつ来るかはわからない。
 俺たちは、彼が何者なのかを探った。捜査は難航するかと思われたが、意外にも、彼の素性は簡単に知ることができた。ロンドンの裏社会では、そこそこ有名な男だったからだ。
 通称、キング。
 王室御用達カジノ『ザ・リッツ・クラブ』のオーナーとして。

 『ザ・リッツ・クラブ』は、イギリス王族も使用している格式高いカジノで、会員以外は入れない。だが、最高級ホテル、『ザ・リッツ・ロンドン』の宿泊客は、ゲストとして入ることができる。
 金はいくらでもある。予約を取るコネも用意できる。カジノへの侵入は問題ない。後はキングに会えるかどうかだ。
 目立つ外見のゲラルハやウォーカーには後方支援に回ってもらい、俺はエリザベータと共に、『ザ・リッツ・クラブ』に入店した。『ザ・リッツ・クラブ』には『ザ・リッツ・ロンドン』のロビーにある隠し扉のような場所から入る。
 俺たちは、ピカデリースィーツルームに一ヶ月の長期滞在をしている、フランス貴族に変装し、賭け事が好きな若い夫婦を演じて何回か入店した。入口で身分の確認はされるが、毎回うまく入ることができ、用心棒の何人かとも顔見知りになった。
 だが、お目当てのキングがカジノに現れることはなく、それどころか、用心棒たちは、カジノのオーナーについては知らなかった。あまり詳しく聞こうとすると疑われてしまう。俺たちは賭け事に興じながらも、店内の様子を観察していた。
 そのうち、VIP会員か、十万ポンド(約千五百万円)以上勝った人が、奥の部屋へと連れていかれていることに気がついた。
「あの奥にも、何か部屋はあるのですか ?」
 エリザベータが情報収集をすると、奥に特別なプライベートサロンがあるということがわかった。そこには専用のディーラーと用心棒がいるが、秘密保持のために、それが誰なのかは、カジノの人間にもわからないらしい。
 俺たちは怪しいと睨(にら)んだ。
 そこで、プライベートサロンに連れていかれる客に盗聴器をつけて、中の様子を探る。中では、ディーラーが挨拶をしている。
「お久しぶりです、ミスター。今回も、ディーラーは私、『ザ・リッツ・クラブ』オーナー、クリスピアン・グロブナーが、つとめさせていただきます」
「キング。君と会いたくて来たようなものだよ。君以外のディーラーとは、申し訳ないが、試合をしていても面白くない」
 奥ではキングが自らがディーラをおこなっていた。
 これだ。
 プライベートサロンに呼ばれて、キングと直接会う。
 その方法は、正攻法でいくならば、VIPになることと、カジノで大勝することだ。
 だが、VIPはお金だけでは解決できない。身分や職業を精査されれば、さすがに変装がバレる可能性は高い。となれば、カジノで大勝するしかない。だが、この作戦には、一つだけ問題点がある。それは、チームのメンバー内に、賭け事が強い者が誰もいないということだ。
 どうしたらいいのか。
 俺たちは、作戦を練ることにした。
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